「は」と「が」について(10)

「は」と「が」の稀水域

 今朝、何気につけていたテレビが、演歌界の大御所北島三郎ほかが出演した東関東大震災のボランティアコンサートの模様を伝えていた。演歌に興味のない私は、ふーんと聞き流していたら、とつぜん、北島三郎のコメントが流れてきて、私はそれを聴いて、ピピッと反応してしまった。
 そのコメントというのは、

「まだまだ難しい状況が続くと思うが、乗り越えればきっと良いことや楽しいことがある。それを信じてください。」
というものだ。

 最近「は」と「が」に取り憑かれ男状態の私が何に反応したか。いうまでもなく、「は」と「が」である。
 「が」=未知情報、「は」=既知情報ではないと思うのは、こういう言葉を耳にしたときだ。さらに、こっそりと「はが文」が隠されているのに、お気づきだろうか。
 私の立場では、「が」=五感認識伝達で、「は」=内界思索夢想である。この場合は「が」でも「は」でも、どちらでもいい。
 河(現実)から海(内界)へ流れ込む稀水域に、私たちの意識は存在していて、そのどちらともいえないような言葉が確かにある。「は」にすべきか、「が」にすべきか、迷う言葉はこの稀水域にあるといっていいだろう。

 北島三郎の「良いことや楽しいことがある。」の「が」は「は」でも構わないように思う。しかし、これはやはり「が」が正解だろう。聞き手に、この現実世界に、良いこと、楽しいことがある、とリアリティーを持ってその言葉を伝えることができるからだ。
 さて、隠された「はが文」だが、実は「乗り越えれば」の「ば」が、「は」の変身したものなのだ。仮定や条件を主題にしたときに「ば」が用いられるが、もともと「は」だったものだから、簡単に、「-----は」の主題の文にすることができる。
 2、3秒しか時間をとらないだろうから、チャレンジしてもらいたい。そうすれ「ば」、主題であるということ「が」実感してもらえると思う。

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by spanky2011th | 2011-07-01 12:35 | 日本語 助詞「は」と「が」