エネルギー問題を考える

日本語を考える人が、エネルギー問題を考えると「こうなる」
 本来、「日本語を考える」つもりでブログを立ち上げたが、ここ数日、エネルギー問題ばかりを考えている。
 日本語力の低下に拍車をかけているその元凶は、明治時代に作られた学校文法を後生大事に温存し、教え続けている人々にある、と私は思っているが、それを検証する機会も時間もいまのところないので、いずれ、じっくりと考えていきたいと思っている。

 エネルギー問題について。私の立場を述べれば脱原発派。しかし、やみくもに原発を止めろ、という立場ではない。
 福島の「greenwich-village」さんのブログにかき込んだように、私は、へんな妄想を抱いている。

 それは、原発を止めたとたん、電力不足になり、日本の経済が立ちゆかくなくなり、「日本中から電力をよこせ」という世論が巻き起こり、無理して原発を再稼働させたときに、大事故が起きる、というものだ。

 ご存知の通り、日本には資源がない。外貨を稼いで、パンも、肉も、衣類も買って、日本の生活はなり立っている。この流れが壊れてしまうのである。
 大きく分類すると、選択肢は次の3つしかない。

(1)原発をただちに止める。ただし、与謝野馨氏が述べているように、貧乏国になるという代償がつきまとう。それも、私たちが思う貧乏以上の貧困が襲う。日本の食料自給率を考えると、餓死する人も出るだろう。日本の国土から考えると、適正人口は5000万人と聞いたことがある。6000万人近くの人の食料をどう調達するのか。

(2)低炭素時代になるために、原発を使い続ける。豊かさは当分続く。ただし、限界ある地球が悲鳴を上げたとき、または、今回の大震災のような事態が起きたとき、とんでもないことになる。また、使用済み核燃料の問題は、次世代に背負わせる。原発推進派も、化石燃料に変わる代替エネルギーがあるのなら、本音では原発に頼りたくないと思っている人が多いはず。それまでのつなぎとして、原発をつかいつづけるという立場の人が多い。

(3)徐々に、脱原発、脱化石燃料社会へシフトしていく。口で言うのは簡単だが、実は、これが一番実行が難しい。
 例えば、原発で生活している人たちが職を失う。また、それに関連した人々が職を失う。この人たちをどうするのか。昔みたいに、海外へ棄民するのか。 
 与謝野氏が言うように、エコ発電は場所を食い過ぎる。ソーラーパネルを敷きつめるという単純な物ではない。日本の建てられるすべての場所に風力発電を建てるとして、どれだけの敷地が必要なのか。それで、どれだれの電力が作れるのか。


 いま、(3)の立場の人たちがやらなくてはならない喫緊の課題は、「どうやったら、脱原発、脱化石燃料社会へ移行できるか。持続可能の経済のシステムはどういうものなのか。空想科学ではなく、あくまでも現実として、そのシミュレーションを作ることである。ゲーム「シムシテイー」のように、失敗したら、やりなおせばいいという物ではない。ちょっとした失敗が、何万人の命をうばう、というものなのだ。もしくは、ホームレスに転げ落ちる、というようなものだ。舵取りを失敗すると、内戦状態になる可能性も捨てられない。


 菅○人が行った「脱原発依存」記者会見は、世界に「日本の総理、脱原発宣言」として報じら(ニューヨーク・タイムズ)、世界は「日本の国際公約」と受け止めている。
 翌日には、「私の個人的な意見を述べたもの」と釈明しているような人物に、このような難しい問題の舵取りができるとは思えない。
 また、専門家に任せればいいという問題でもない。軍事の専門家に、軍事のことを任せると、ほぼ戦争になる。頭の中のパラダイムが、どうしても戦争を招き入れてしまうらしい。
 心理学でいう「見えないゴリラ」のように、専門家は熱中するあまり、集中していること以外のリスクを見逃す確率が高いからだ。
 また、解体されることを怯えたメガ・マシーンはロビー活動を活発に行うだろう。ありとあらゆる手段を使って、政治家・官僚・学者に働きかけ、生き残りをはかるだろう。
 へんな言い方だが、もし私が原発関係の仕事をしていて、平均年収の2倍近い額をもらっていたら、どんな手を使ってでも、その仕事を手放さないだろう。
 そして、原発事故のような想定外のことは、もうおこらない、と信じ込むだろう。脳は、自分自身にも嘘をつくのだから。

 第一歩として、まず、やらなくてはならないことを箇条書きしてみた。大きく、これも3つあると思う。

(1)化石燃料・原発の代替エネルギーを育てる
(2)低エネルギー社会への移行
(3)その環境づくり


 例えば、「(3)その環境づくり」にしても、次のようなことが思い浮かぶ。
(1)立法・行政・司法から、教育権を独立させる。本来は、学問の世界が三権を監視しなくてはならないのに、支配下に置かれてしまっている。
(2)予算を年度中に使い切る国の仕組みを改める。故松下幸之助氏がいった提案。松下政経塾出身の政治家が多いのに、これを実現しようとする政治家がいないのは日本の七不思議の一つ。
(3)行政の透明度を高める。お金の入りと出をガラスばりにし、無駄に浪費したのではないかを市民がきちりチェックできる仕組みを、行政が積極的に築き上げるべきだ。
(4)浮かせた予算で、実現可能代替エネルギーを育てる
(5)現行の電気料金決定の法律等を改める。いまの料金体系は、原発のような高い箱物を作った方がもうかる仕組みになっているそうだ。
(6)大規模発電と小規模発電の有機的なネットワーク作り。ナデシコジャパンで触れたこと。

                          などなど。


 このシミュレーションは、一人のアイデアではなく、大局的な視点から物を考える人々の英知を結集しなくては、完成しないだろう。
 たとえば、経済界の代表がこの作成に加わると、いつしか、経済界の有利になるようなものに変質されてしまう。金融界しかり。全体観で考えなくてはならないところを、どうしても団体観で考えてしまうからだ。


 私の試案に付け加えたいアイデアがありましたら、かき込んでください。もしくは、自分の案がありましたら、お教えください。


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by spanky2011th | 2011-07-17 10:31 | 世相 妄想随談