日本語を考える人が、エネルギー問題を考えると「こうなる」(2)

 
「教育権の独立」が脱原発の近道

菅直人が唐突に「脱原発依存」宣言をし、脱原発派の人々が勢いづいているはずなのに、なぜか、それほどの勢いを感じない。
 それもこれも、あまりに唐突で、彼の言葉が信用されてない証拠だろう。辞任するはずの人が、最後に名誉心からいいだした、としか思われていないのだ。
 ナウシカの荒れ果てた大地を作ったのは、与謝野薫氏のような、真面目で教養もあり、子どもたちの未来に豊かさを残したいと願っている人々だろう、と以前書いたが、なんの構想もなく、ただ、原発をとめればいい、という問題ではない。
「上司は思いつきでものをいう」というタイトルの本があったが、思いつきで発言する上司にふりまわされた経験のある人なら、この手の人物がいかに厄介であるか、説明するまでもないだろう。また、その手の人物が指揮をとると、まとまる話がまとまらず、ただ混乱を現場にもたらすだけ、というのも納得してくれるだろう。

 言ってしまおう。
 妄想癖のある私は、いまという時代を、消費文明が終焉を迎え、新たな持続可能な、次なる文明の駘蕩期ではないか、と思っている。
 歴史学者トインビーではないが、新しい勢力が古い勢力に挑戦する。しかし、古い勢力もだまっていない。これを潰しにかかろうと応戦してくる。どちらが勝つかはわからないのだ。
 次なる文明がどんなものなのか、私の妄想も追いつかない。ただ、それは持続可能な経済発展を指向したものになることだけは確かだろう。
 平和学者ガルトゥングの「資本主義は遠くの人から搾取し、共産主義は隣の人を抑圧する」ではないが、資本主義も共産主義も限界にきている。
 もともと、その底辺の理念は「自由・平等・博愛」のフランス革命から来ている。
 平等を指向した、偉大なる実験だった共産主義は、テクノクラートという特権階級により、不平等が恒常化し、資本主義よりも早く終焉を迎えた。終焉を迎えるにあたり、テクノクラートはソ連の財産だったもの(国有企業など)をこっそりと私物化し、財閥となった。
 自由を指向したアメリカも、いまや「貧困大国アメリカ」という不名誉なレッテルを貼られてしまっている。アメリカの高学歴高収入の人々も、いつ、貧困に転げ落ちるか、見えない影に怯えている。だから、余計にお金にしがみつく。「暴走する資本主義」(R・ライシュ)が、全世界に貧困を巻き散らかしている。
 以前、私はこんな妄想を心に描いていた。人体の血管のように、多国籍企業のネットワークが全世界を覆うことにより、世界中に富をめぐらせるのではないか、と。
 しかし、それは単なる希望的妄想にすぎなかった。実態は、世界中の富がどんどんとどこかへ消えていき、飢えた子どもたちばかりが増えてしまった。

 とにかく今真っ先にやらなくていけないことは、司法・行政・立法の三権から、教育権を独立させることだろう。
 たとえば、震災復興などというと、銀行系のシンクタンクなどがしゃしゃり出てくる。
 教育権の独立により、震災復興などのプロジェクトは中立的立場の学者にたててもらう。もしくは、賛成派反対派が同数参加して、たててもらう。
 その上で、これに市民運動の人々にも参加してもらい、ともに具体的なシミュレーションをたてるのだ。この現場と学問の世界の交流こそが、遠回りのようだが、一番の近道なのではないか。
 今夜放送されたNHKの「クローズアップ現代」。社会に貢献したいという市民がお金を出す「市民ファンド」。新しい勢力は確実に生まれている。
 脱原発依存も、この学問の世界と、現場の市民の世界との信頼関係が作られて、その上で、彼らが描いた「脱原発シミュレーション」に沿ってすすめていくのが、最良だろうと私は信じている。



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by spanky2011th | 2011-07-21 20:15 | 世相 妄想随談