ふかひれスープのぼうけん(2)

 安光さんはちようどそのころ、50CCのオートバイに、たくさんの野菜をいれた段ボール箱を荷台に積みこんでいるところでした。
 安光さんの商売は、駅近くのうら通りにある、小さなやおやさんです。
 やおやさんだから、安光さんは、野菜や果物のことは、いちおう知っていますが、それ以上にくわしく知っているのがさかなのこと。じつは、この安光さん、とにかく、さかなつりがいちばん好きなのです。
 ですから、ガラガラ台車をおしてやってきた藤壺さんが、いまにもオートバイを走らせようとしていた安光さんに、
「安光さん、つりにいきませんか~」
 と、声をかけたとき、安光さんのが目がきらりと輝き、まよわずに、
「いく、いく、いくぞ。ぜったい、いくぞ」
と、返事をしました。
 そして、オートバイからとびおりるや、やおやの前かけをはためかせ、
「わーい、つりだあ!」
と、大声でピョンピュンとびはねたのも、むりがありません。
 そのようすを見た安光さんの奥さん百合子さんは、とてもあわてました。
「あんた。ダメですよ。午後の配達の仕事はどうするのですか」
 百合子さんは、目を三角にしておこりましたが、つりのことで頭がいっぱいになってしまった安光さんには、もう、なにも聞こえていません。
 得意先のレストランやラーメン屋などに野菜をくばる仕事がまだ残っているのに、ねごとみたいに、
「つりだ、ワッショイ、つりだ、ワッショイ」
とくりかえしながら、安光さんは、店の奥へはいっていくと、つりざおやアイスボックスをひっぱりだしてきました。
「あなた! どうしてもいくというなら、今夜の夕飯は抜きですよ!」
 百合子さんがいくらどなっても、藤壺さんと安光さんはちっとも気にしません。
 二人は楽しそうに、スタスタ、ガタガタ歩きはじめました。二人ならんで歩いているすがたは、とてもへんてこです。藤壺さんはやせっぽちの背高のっぽで、着ているものはカーテンのサリー。そして、安光さんは、ずんぐりむっくりののふとっちょのチビで、「安光やおや店」の前かけをしているのです。
「ふー、まったく、こまった人たちだわ」
 子どもの頃から知っている二人、いや、困った人たちの仲良しグループをよく知っている百合子さんは、ふかいため息をつきました。
 それにしても、あの仲良しグループは、むかしから、とてもへんてこでした。そして、いまも、とてもへんてこです。とてもいい人たちなのですが……。
 百合子さんは、あきらめて、仲よしグループの奥さんたちに、連絡網で連絡をすることにしました。受話器を取ると、
「もしもし、田西さんですか。こちら安光ですけど、藤壷さんと、うちの安光がたぶんそちらへ向かうと思います。気をつけてください。えっ、ご主人、風邪でねているのですか。それは困りましたね。きっと、出て行ってしまいますね。わかりました。私は久留美さんのほうへ連絡します。」

 そんなこととは知らない二人と一匹は、駅の北がわにある森下団地へむかいました。
 森下団地の7号棟にくると、二人と一匹は、階段をのぼり、317号室の呼び出しベルをならしました。
 ドアのわきには、「田西今吉」という表札がでています。
「なあ、船長、いるかな?」
 平日は、われらが船長田西さんは、洋服を作る会社で副業の仕事に出ているはずなのに、
「います。ぜったいいます」
 藤壺さんは安光さんにきっぱりといいきりました。そして、藤壷さんがそういうなら、きっといるのだろう、と安光さんはおもうのでした。子どもの頃から、不思議と藤壷さんの勘はよく当たったのです。
 もう一度ベルを鳴らそうとしたとき、ドアが開いて、田西さんの奥さんのモモ子さんが顔を出しました。
「ひさしぶりです、モモ子さん。ところで、船長、いますか?」
 藤壺さんがたずねると、奥さんは、小声で、
「いることはいるのですけど……。でも、風邪がひどくて、ねこんでるのです。でも、どうして、いるとわかったのですか?」
 首をひねりながら、不思議そうに聞き返しました。モモ子さんにとって、子どもの頃から、藤壷さんは大きな謎でした。そして、いまも大きな謎のままでした。
「ただ、なんとなく……、いるよ~うな気がして……」
 藤壺さんが間のびした声で答えたので、奥さんはプーッと吹き出しました。
「プーッ。あら、いやだー。」
 奥さんが笑ったのには、わけがあります。つい、二、三分前に姿を現した大工の茂津さんも、やってきたときに藤壺さんと同じせりふをいったからです。
「茂津さんもきていますよ。さあ、さあ、どうぞ。でも、今回だけは、出航は駄目ですよ。それと安光さんは、お茶をのんだら、お家へ帰ってくださいね。」
 安光さんは、もう手配が廻っているのか、とおもい、ちょっと女房同士の連絡網の恐ろしさを感じました。
 田西さんは会社を休んで、ふとんでねていました。
「おう、どうした」
 ふとんのわきにドスンと座りながら、安光さんが田西さんのおでこに手をあてました。
「熱がないな。こりゃ、仮病だな」
 いきなりそんなこといわれて、ふとんの中の田西さんは、
「仮病はひどい。高熱をだして、つい、さっきまで、うなされていたんだから」
と不服そうにこたえました。
「ねてなさいといっているのに、よくなったから起きる、といってきかないのです。今朝なんて、四十度をこえる熱を出していたのですよ」
 新しくきた二人に、お茶をだしながら、奥さんがぼやきました。
 船の設計図とにらめっこしていた茂津さんが、
「モモ子さんの命令にはしたがうものっスよ。船長は、あんなきれいな奥さんに、結婚してもらえただけでもありがたいと思わなくちゃ、バチがあたるっス。」
 ボソッとつぶやきました。茂津さんは大工さんですが、自分では日本一の船大工だと思っていました。
「あら、そんなこというと、久留美さんが気を悪くしますよ。久留美さんの方が、私より、十倍きれいなんですから。」
「そんなことはないです。久留美さんが夏に咲くひまわりだとしたら、モモ子さんは春咲く桃の花、梅の花、桜の花です。美の種類がちがいます。久留美さんが大型バイクにまたがっているところはとても美しいです。でも、こうやってかいがいしくご主人の世話をやいているところは想像できません。美の種類がちがうのです。私はこっちの美の方が心を打ちますね」
 藤壺さんもつけくわえて、そういったものだから、奥さんのモモ子さんは、顔を真っ赤にして、キッキンへかけこみました。
 茂津さんと藤壺さんの話は聞こえないふりをして、田西さんは、ふとんからからだを起こました。
「ところで、ふたりそろってやってきたからには、なにか、悪だくみがあるのではないですか」
 田西さんがそうたずねると、藤壺さんは、
「じつはですね、船長。これから、つりにいこうと思うのですが、船を出してはもらえないでしょうか」
と、いいました。
 藤壺さんの提案をきいた田西さんは、ガバッとふとんをはねとばし、とびおきました。そして、さっさとパジャマをぬぎすてると、船長服に着がえだしたのです。
 「こっちの美の方が心を打ちますね」といわれて、ごきげんなモモ子さんは、おやつ用のババロアケーキを、三人のお客さんに出そうとしていました。
 ところが、着替えている田西さんのようすを見て、
「あなた。ばかなことしないでください。また、熱を出てしまいますよ」
と、モモ子さんは、ひっしにとめました。
 でも、「船にのる」の思いにとりつかれてしまった田西さんには、もう、モモ子さんのことばなんか、聞こえていません。
「おもかじいっぱい、船だ、船だ、ともかじいっぱい、さあ、出航だ」
と、田西さんはつぶやきながら、双眼鏡や海図(海の地図です)、マドロスパイプなどのバッグにつめこみはじめました。そして、
「では。茂津さん、藤壺さん、安光さん。ちょっくら、海にいきますか」
と、元気な声でいいました。
 田西さんは、白いぼうしをかぶると、ひっしに止めようとしているモモ子さんに、
「夕飯のおかずは取ってきてやるからな」
と、いい残すと、でかけてしまいました。


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by spanky2011th | 2011-08-14 18:25 | 長編童話 ふかひれスープの冒険