ふかひれスープのぼうけん(3)

3
 藤壺さんは、港をでていくコンチキ2号の、いつもの場所にすわりこむと、中華なべとほうちょうの手入れをはじめました。
 いつもの場所というのは、デッキのうしろのところで、ここに右から、ボラン、のっぽの藤壺さん、ずんぐりむっくりの安光さん、やせっぽちの矢古さんの順で、すわることになっていたのです。
 高校で理科の先生をしている矢古さんは、出航まぎわにかけこんできていました。安光さんが高校に電話をかけたら、「父があぶない」とウソをついて、すっとんでやってきたのでした。
 矢古さんは、あたりを見回し、そうじゅう席に、船長の田西さん、大工の茂津さん、田西さんの一人むすこのひろしのすがたをみとめました。
 小学四年生のひろしは、下校とちゅうでぐうぜん田西さんたちに会ったので、パパの田西さんに「船にのるぞ」といわれて連れてこられたのです。
 矢古さんが、
「あれっ? 桑形さんのすがたが見えないけど、もう、寝に、しん室にはいったのですか」
と、聞きました。
「いいえ。桑形さんは犯人をおっかけているさいちゅうらしく、連絡がとれなかったのです」
  藤壺さんが、
「それはちがうとおもいます。どこかの木かげで、グースカゴーゴー、すさまじいいびきをかいて、ねているにちがいありません。でも、あのいびきが聞こえないと、なんか、物足りないですね。」
 ざんねんそうに答えました。 桑形さんというのは、コンチキ2号の常連乗りくみ員のひとりで、けいさつ官をやっています。
 だまって、つりざおをのばしたり、リールをセットしたりしていた安光さんが、だいたい準備できたらしく、
「さあて、いっちょう、この安光さまのつりの腕前をお見せるとするか」
 安光さんが、うれしそうに、うでをさすりました。あとは、つりのしかけをセットするだけです。
「さあ、なんでもつってあげますぜ。藤壷さん、なにをつってほしいんだか、えんりょうせずにいいなせえ」
といいました。
 のんびりと中華なべをみがいていた藤壺さんは、のんびりした口調で、
「ふかひれスープ用のふかです」
と、あたりまえみたいな顔でいいました。
「ふかひれスープ用のふか?」
 安光さんは、いっしゅん、ポカンとしてしまいました。
「ふかっていうと、あのサメ科の大型のやつですか」
 おどろきの声をあげた矢古さんは、古ぼけたさかな図かんから目をはなして、藤壺さんの顔をびっくりまなこで見ました。
「はい。そうです」
 藤壺さんが、とんでもないことをいいだしたので、安光さんは、困ってしまいました。
「サメはだめだ。まけて、マグロとか、カツオとかにしとけよ」
「いやです。ふかといったら、ふかなのです。他のものではダメなのです。」
 藤壺さんは、ダダッ子みたいに、きっぱりといいました。
 なにを思ったのか、矢古さんはさかな図かんをペラペラめくると、しきりに、うなずきだしました。
「へえ。サメというのは、ずいぶん、種類が多いのですね。それに、人類が生まれる前から、いたのですか。なになに。ふかひれスープ用のふかというと、ホシザメ科のヒラガシラなんかが有名なのですね」
 矢古さんは、サメにきょうみをもったらしく、しきりに、図かんのページをめくっては、「なるほど」「へえ」「すごす」と、連発していました。
 藤壺さんは、目をとじると、白い湯気をたてているふかひれスープを思い浮かべました。そして、におい、味、舌ざわり、歯ごたえなどを、思い出しては、
「ふかひれスープにも、ランクがありましてね。一番上が、アメ色に煮込んだもの。そのつぎが、かにの卵やとり肉のすり身などと煮込んだもの。そして、スープにひれが浮かんでいるだけのものという順です」
と、説明しだしました。
「わたしは、その一番上等なものをつくり、みんなにごちそうしたいのです」
 ほんとうは自分がいちばんたべたいのに、藤壺さんは、そういいました。
 それから、たてつづけに、そのふかひれスープがどれほどおいしいものなのか、ことこまかく話し出したのです。
 安光さんと矢古さんは、藤壺さんの話を聞いていて、つばがたまってくるのを感じました。
 つばをゴクンとのみこむと、矢古さんがポツリと、
「うまそうだなあ」
と、つぶやきました。
 安光さんも、つばをのみこむと、矢古さんとおなじことをつぶやきましたが、身ぶるいをすると、あわてて、
「だめ、だめ。わしは、女房と子どもたちを愛しているのだ。あいつらのためにも、ふかつりなんて、まっぴらごめんだ」
と、きっぱりことわります。
「いつもは安光さん、つりのためなら、いのちはいらない、といつもいっていたではないですか。あれはウソなのですか?」
 藤壺さんは、なんとか、サメをつってもらおうと説得にかかりましたが、安光さんは、石のようになって、ウンともスンともいわなくなってしまいました。
「安光さん、おねがいしますよ。ふかがないと、悲しいふかひれスープになってしまいます。」
 泣き落としにかかりました。
「………」
 安光さんがこうなったら、もうだめです。藤壺さんはあきらめるしかありません。
 でも、だめだとわかると、よけいにたべたくなってくるらしく、空に浮かんでいる雲が、アメ色のふかひれに見えてきました。
「あ~あ、のみたいなあ~」
 藤壺さんはためいきをつきながら、サリーの下からでている足をブラブラさせ、かかとで船のよこをドンとならしました。
「あ~あ、のみたいなあ~」
 ドン
「あ~あ、たべたいなあ~」
 ドン
 まるで歌でも歌っているみたいに、藤壺さんはなんども同じことをつづけました。
「安光さん、この図かんによると、人をおそうサメは、おもにオオメジロザメとイタチザメで、きょうぼうなホホジロザメはもっと沖のほうじゃないといないみたいですよ。それに、きょうぼうなサメよりも、おとなしいサメの方が多くて、ジンベイザメのように、10メートルちかくの大きな図体でも、プランクトンしか食べないようなのものもいるのですね」
 矢古さんは図かんをひらいて、サメについて安光さんにしゃべりだしました。矢古さんは、つるのは自分でないから、実験用に、それにふかひれスープ用に、一匹、つりあげてもらいたくなっていたのです。
 そのときです。ずっとおとなしくしていたボランが、きゅうに、
「ワン、ワン、ワン」
と、はげしくなきだしたのです。
「どうした、ボラン?」
 藤壺さんが足をデッキにあげて、こうふんしているボランをだきよせました。
「ワ、ワ、ワッ!」
 ふるえる声で、安光さんがどなりました。


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by spanky2011th | 2011-08-14 18:44 | 長編童話 ふかひれスープの冒険