ふかひれスープの冒険(6)

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 きんきゅうじたいです。
「茂津さん、おねがいしますね」
茂津さんにかじをまかすと、船長の田西さんは、船室に向かいました。そうじゅう中の茂津さん以外は、乗りくみ員ぜん員、船室に集まっています。
 ここで、船室の説明をしておきましょう。船室の真ん中に、長方形の大きな木のテーブルがあって、そのわき、つまり、船のわきにあたるところに、木で作られた長イスがあります。この長イスのフタをあけると、保存のきく食料や、救命どう衣など、ふだんは使わないものがしまわれています。
 田西さんは、万が一のことを思って、救命どう衣をつけることを、全員に命令しました。
「いいですか。ぜったいこの船室からでないでください。海にほうりこまれたら、サメは、アザラシかなんかだと思って、ガブリと食いついてきますからね」
 田西さんのサメの知識はそれくらいのものでした。
「それでは、会議をします。これから、どうしたらよいか、みんなの意見を聞かせてください」
 田西さんがそういうと、真っ先に口を開いたのは、矢古さんでした。
「『老人と海』みたいに、これは長いたたかいになりますね」
 『老人と海』は、老人と巨大なバショウカジキとのたたかいを描いた有名な小説です。
「このトウヘンボクめ。なに、くだらねえこといってんだ。キャッチ・アンド・リリースきゃねえてんだ。いまは、この船とつなかっている。それを放したら、三十八計、逃げるが勝ちだ」
 安光さんがつかった英語は、さかなをつりあげたらそのまま逃がしてあげる、というアメリカやヨーロッパのやり方です。でも、そんなことを安光さんがいいだしたのは、ほんとうはサメがこわかったからです。
「でも、ふかひれスープにして、食べたいなあ~」
 自分が食べられそうになったのに、藤壺さんは、まだ、そんなことをいってました。
「なにいってんだ。あいては、人くいザメだぞ。」
 安光さんの使った「人くいザメ」ということばに、矢古さんはカチンときたみたいです。
 スクッと立ち上がると、テーブルをドンとたたき、
「サメの名誉のためにいいます。人をおそうといっても、サメはちっとも悪くないのです。サメがこの世にあらわれたのは、4億年も前で、恐竜もまだあらわれていなかった時代から、サメは海にいたのです。そのなわばりに、人間が海水浴場やサーフィン場、さらにフィシィッシング場にして、たまに、サメがエサとまちがえて人をおそえば、人間はサメをみな殺しにしようとするのです。サメで死ぬ人より、おもちをのどにつまらせて死ぬ人の方が多いのですよ」
 矢古さんお得意の講義がはじまりました。
「インドのトラがいま絶滅しそうになって保護されてますが、人をおそうという理由で、むやみやたらと人間がトラを殺したからです。ホホジロザメもこのままだと絶滅してしまいそうだと、保護しているところもあるのです。自然というのは、ぜつみょうなバランスをたもっていて、食物連鎖で……」 
 このまま、いつまでも、講義をつづけそうなので、田西さんが、エヘン、エヘンとせきばらいしました。
 矢古さんは、会議中なのに、自分一人で講義にしてしまったことに気がつき、話しをやめました。
 だまってきいていたひろしには、矢古さんのいおうとしていることの半分もわかりませんでした。でも、ひろしは、この楽しい仲間がひとりでもサメに食べられてしまったら、とても悲しいと思ったので、
「ほくもにげるのが一番だと思うけど……」
と、自信なげにいいました。
 だまって会議のなりゆきを聞いていた田西船長は、むすこの意見をきき、小さくうなずきました。
 田西さんは決断したのです。
「わたしも、安光さんとひろしの意見に賛成です。反対は藤壺さんだけ。では、これから、サメをいかりからはなして、いちもくさんでにげることにします」
と、会議をまとめました。
 藤壺さん以外は、その言葉を聞いて、ホッとしました。藤壺さんだけがふまんそうです。
 そのとき、入り口から、茂津さんが、あわてたようすで、顔をのぞかせました。
「船長、大変っス」
 田西さんは、いそいでそうじゅう席にでました。
「ほら。ようすが変っスよ」
 茂津さんがいうように、それまで、いかりをはきだそうともがいていたホホジロザメが、もがくのをやめていて、ゆっくりと、からだを左右にふりながら、円をえがいて泳いでいました。
「ちょっくら、ひとのぼりしてくるっス」
 茂津さんはかじ取りを田西さんにまかせ、ヒョイと双眼鏡を手に取ると、スルスルとマストのてっぺんによじのぼりました。
「サメのやつ、こっちをこわい目でにらんでるっス」
 茂津さんの報告のとおり、サメは泳ぐのをやめ、一か所にうかんでいます。
 田西さんは、いよいよだな、と思いました。
「こうげきをしかけてくる気です。茂津さん、あぶないですから、おりてきてください」
と、よびかけました。
 でも、茂津さんは、すまし顔で、
「だいじょうぶっスよ。だてに大工でめしは食ってないっス」
と、こたえ、片手でマストにしがみつき、片手で双眼鏡を目に当てました。
 サメはゆっくりと、コンチキ2号にむかって、およぎだしました。
そして、スピードをあげると、スーッと海にもぐってしまいました。

「船長、サメのやつ、下からおそう気っスよ」
「茂津さん、おりてください。あぶないですよ」
 田西さんがいくらそういっても、船長命令にそむいて、茂津さんはおりてこようとしませんでした。
(つづく)


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by spanky2011th | 2011-08-29 12:27 | 長編童話 ふかひれスープの冒険