ふかひれスープの冒険(7)

        7
 ドスン、ドスン。
 サメが、コンチキ2号の船底をこうげきしだしました。
 船室には、にぶくて大きな音がひびきわたり、中にいる人たちは生きた心地がしません。
 そして、船は、まるで嵐にのまれたみたいに、グラン、グランと大きくゆれだしました。
 田西さんは、船のスピードをあげて、にげきろうとしましたが、サメとチェーンとがくっついているため、思うように進みません。 田西さんは、右に、左に、せわしなく、かじを切りました。ちょっと油断したら、船はひっくり返ってしまうでしょう。
 田西さんは、自分の判断ミスをくやみました。会議なんて開かないで、すぐに、いかりのチェーンを切っていれば、なんとかなっていたかもしれません。
「茂津さん、おりてきてください」
 田西さんは、大声で、マストの茂津さんをよびました。
 こんなとき、茂津さん以外に、金ノコで、チェーンを切れる人はいません。
「船長、なんっスか」
「金ノコで、チェーンを切ってください」
「こっちは、それどころじゃないっスよ」
 たしかに、茂津さんは、それどころじゃないようです。船が大きくゆれているので、ふり落とされないよう、マストに両手、両足でしがみついていて、とても、おりてこられる状態ではないようです。
「茂津さん、がんばってください。なんとかしますから」
 田西さんは、今度は、船室にむかって、
「矢古さん、きてください」
 コンチキ2号のちえぶくろの矢古さんをよびました。
 ゆれる船のデッキで、矢古さんに金ノコでチェーンを切るようにたのむのは、さかなに木にのぼれというのと同じです。
 田西さんは、
「矢古さん、にげきる方法を考えてください」
と、すがるような気持ちでいいました。
 ところが、矢古さんは、そっけなく、
「それはむりですよ。サメの方がこの船よりずっと早いですからね」
と、こたえました。
 ホホジロザメはふだん、時速3~4キロのスピードでゆったり泳いでいましたが、エサを取るときには、時速25キロくらいは楽に出します。
「はやく、茂津さんをおろしてあげないと、海におちてしまいます」
 田西さんがそういいながら、あごで茂津さんのいるマストをさしました。
 矢古さんは、茂津さんがいまにもマストから振り落とされようとしているのを見て、たいへんなことになっているのに、ようやく気がつきました。
「こりゃあ、なんとかしなくちゃ」
と、矢古さんは、ロダンの「考える人」のポーズで、座り込んでしまいました。
「とにかく、なにか考え出してください。これは、船長命令です」
 返事はありませんでした。矢古さんは、長考にはいってしまったのです。
「船長、もう、だめっス。手がつかれてきたっス」
「がんばってください。矢古さんが、なんとかしてくれますから」
 田西さんは、ゆれる船をたおさないように、かじをせわしなく動かしつづけました。
 一分くらいたったとき、矢古さんが、
「わかった!」
と、さけんで、立ち上がりました。
「そうだ。エサをあたえて、サメを満腹にしてしまえば、いいんだ」

 矢古さんは、そういうと、船室に首をつっこみ、
「藤壺さん、非常用食料をとってください」
と、どなりました。
「はい、わかりました」
 船室の藤壺さんは、のんびりした声でこたえると、イスのふたをもちあげ、中にためこんであるものを、つぎつぎへとひろしに手わたしました。
 それを受け取ったひろしは安光さんに、安光さんは矢古さんに、リレーでわたしていきました。
 インスタントラーメン、サラミ、かんパン、かんづめ、ドライフルーツなどなど、いざというときのために積んであった非常用食料ですが、こんな風につかうことになるとは思ってもいませんでした。。
「しっかり食べて、はやく満腹になれよ」
 矢古さんは、受け取ると、波間に、つぎつぎと、ほうりこんでいきました。かんづめは、ドボンと音を立てると、スーッとしずんでしまいましたが、ラーメンなどはうかんでいます。
「てやんでえ。ついでに、こいつも、くらえ」 
 なにを考えているのか、安光さんが、毛布とねぶくろを持ってきて、海に投げ込みました。
 投げ込まれた毛布がひろがって、波にあわせて、ゆらり、ゆらりとただよいだしました。
 ドスン、ドスンと船底をこうげきする音がやみました。
 そして、サメがいきおいよくうかんできて、大口でパクリとねぶくろをひとのみし、つぎに毛布をたべだしまいました。
 毛布はひろがっているため、たべにくいらしく、ガブリとかみつくと、頭を左右にふり、かき切ってからのみこもうとしています。
「茂津さん、いまです。おりてきてください」 
 田西さんはそうさけぼうとしましたが、もう、その必要はありませんでした。
「ああ。こわかったっス」
 茂津さんは、もう、マストからとびおりていて、あわててそうじゅう席にとびこんできたからです。
 田西さん、矢古さん、安光さんの三人がいるそうじゅう席に、茂津さんがとびこんできたので、身動きがとれません。満員電車にのっているようなものです。
「よかった。けがはありませんでしたか」
「だいじょうぶっス」
「茂津さん、困りますよ。これからは、船長めいれいにはしたがってください」
「もうしわけなかったっス」
 茂津さんが五分がり頭をかきながらあやまりまっていると、藤壺さんが船室から顔をだし、
「そうですよ。船長命令にはしたがってもらわなくてはいけませんね」
と、自分のことはわすれていいました。
「船長、てえへんだ。てえへんだ。まわりを見てくだせえ」
 安光さんがさけびました。
 田西さんは、右手の窓から、外を見て、息がとまるほど、びっくりしてしまいました。 背中にトラのようなもようのあるサメが、ウジャウジャ集まってきていたのです。たたみをたてに2枚ならべたくらいの大きさ(3・6メートル)はあります。
 茂津さんを助けるために投げ込んだ非常用食料にひきよせられてきたみたいです。
「イタチザメですね」
 矢古さんが説明しました。
「矢古さん、これは人をおそいますか」
「ええ。人の被害の大半は、このサメによってです」
 一難去ってまた一難とは、このことです。 田西さんは、頭をかかえてしまいました。
 奥さんが大反対したのに、船にのってしまったことの、バチが当たったかも知れない。田西さんは、チラッとそんなことを思いましたが、いまは、そんなことをいっているときではありません。
 田西さんは、かわいい息子の横顔を見ました。
 どんなことがあっても、助かってみせるぞ。やる気がわいてきます。
 田西さんは、いい出しにくかったのですが、のりくみ員のいのちがかかっているので、
「疲れているところ、もうしわけないのですが、いかりのチェーンをきってくれませんか」
と、茂津さんにたのみました。
「がってん、しょうちのすけっスよ」
 茂津さんは、船室にはいって、工具箱をもってきました。
「安光さん、ちょっと、じゃまっスよ」
 茂津さんが、そのまま、デッキヘ出ていこうとしたので、あわてて、田西さんがとめました。
「茂津さん、いのちづなをつけていってください」


                              (つづく)

人気ブログランキングへ
[PR]

by spanky2011th | 2011-08-29 12:40 | 長編童話 ふかひれスープの冒険