ふかひれスープの冒険(8)

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 いのちづなを腰にくくりつけた茂津さんは、そうじゅう席を出ると、デッキをはって、いかりのウインチににじりよっていきます。
 食べられるものはすべて食べつくしたとみえて、サメのこうげきがふたたび、はじまりました。
「茂津さん、しっかりにぎってますから、安心してください」
 いのちづなのはじをがっちりつかんでいる矢古さんが、茂津さんに声をかけました。
「てやんでえ。安光さまがついているから、安心してねえか」
 いのちづなを腰にまきつけている安光さんもいいました。
「安心しろ」「安心しろ」といっても、茂津さんは、ちっとも「安心」なんてしていられません。
 あのホホジロザメが船のわきに体当たりしてくるたびに、船はかたむき、茂津さんはデッキをゴロゴロころがるはめになるのです。そのうえ、うっかり、手や足を船べりから外に出そうものなら、イタチザメが海からとびだしてきて、ガブリとやろうとするのですから。
 ころがるたびに、安光さんと矢古さんがいのちづなを引っぱってくれていました。でも、生きた心地がしません。
 ウインチまで、きょりにして、3メートルくらいですが、その遠いことといったら、ありません。
 それでも、なんとか、ウインチにたどりついた茂津さんは、工具箱をあけ、金ノコで、鉄のチェーンをギコギコはじめました。
 からだを大の字にして、右手だけでギコギコやっているのですから、なかなか、切れません。
 ドスン。ホホジロザメが体当たりした反動で、工具箱が海に落ちて行きました。
「うわあ」
 茂津さんはあわてて、海に落ちようとする工具箱を左手でつかもうとしましたが、イタチザメがその手にむかって、とびかかってきたので、
「うわあ」
 茂津さんは、あわてて、手をひっ込めました。
 そんなようすを見ている安光さんと矢古さんも、はらはらのしどおしです。
 かじをとりつづけている田西さんにも、そのはらはらぶりが伝わってきて、手に汗がにじんできました。
「うわあ」
 こんどは、となりの安光さんと矢古さんが大声でさけんだので、田西さんは、ふりかえりました。
「うわあ」
 あのホホジロザメが、また、デッキに上半身をのりあげて、大口をパクパクされていたのです。
 田西さんたち三人は、死にものぐるいになって、いのちづなをひっぱりました。
「茂津さん、だいじょうぶですか」
と、さけびました。
 そうじゅう席にひきづりこまれた茂津さんの顔を真っ青でした。きょうふときんちょうのためです。
「ええ。だいじょうぶっス」
 茂津さんは、そうつぶやくと、気をうしなってしまいました。
「安光さん、船室につれていってください」
 田西さんは、そうたのむと、キリッと前をにらみました。こうなったら、エンジンが焼き切れるまで、スピードをあげてみるしかありません。
 そうすれば、サメの重さで、チェーンが切れることもありえるからです。でも、もし、エンジンが焼き切れたら、どうなるのでしょう。
 そのときは、そのときです。
 田西さんは、エンジンの回転を速めるレバーを引きました。
 タッ、タッ、タッ、タッというエンジンの音がタッタッタッタッと早くなりました。
 いきなり、田西さんのとっているかじが、ガガガガとしん動し、そして、それまで調子よくまわっていたスクリューがガガガガとみょうな音を立てました。
 焼き切れてしまったのでしょうか。
 どうしよう、と田西さんが思ったのと同時に、サメたちのこうげきがピタリととまりました。
「………?」
 海に目をやると、口をきずつけたサメに、ほかのサメたちがいっせいにおそいかかっているところでした。
 どうやら、おそわれているあのイタチザメが、スクリューにくらいついたようです。
 サメたちは、よってたかって、その一匹の肉をひきちぎり、くいつくしていきます。
 まるで、おどっているみたいに、サメたちはからだを左右にくねらせ、気がくるったみたいにグルグル泳いでいます。
 田西さんは、サメにくいつかれている自分たちのすがたを、想像してしまいました。ゾーッとして、鳥はだがたってきました。
「死のおどりです。血のにおいに、こうふんして、ああいう行動をとるのです」
 そう説明する矢古さんの顔からも、血の気がなくなっていました。

「矢古さん、どうしたらいいでしょう」
「どうしたらいいんでしょうかね。とにかく、いまはサメを観察するしかないですね」
 田西さんは、なんともたよりないちえぶくろの返事に、泣きたくなってしまいました。
「船長、たいへんだっ!」
 サメを観察しようといった矢古さんが、とつぜん、大声でいいました。
「どうしたんですか」
「あっちから、大きなサメの背びれが近づいてきます」
 矢古さんがゆびさした方向に、大きな三角形の背びれが、水を切って泳いでくるのがみえました。
 すぐそばで、「死のおどり」をまっているホホジロザメよりも、大きそうです。
 目指すは、もちろん、コンチキ2号です。
 一匹のホホジロザメでもてんてこまいしているのに、もう一匹、もっと大きなやつがふえてしまったら、どんなことになるのでしょう。
「ちくしょう。なんで、こんなにサメがあつまってくるんだ」
 田西さんがはきすてるようにいいました。そして、矢古さんに、手をすりあわせて、
「助かる方法を、すぐに考えてください」
と、たのみました。
 わらにもすがる気持ちといいますが、このときの田西さんは、わらどころか、糸くずにでもすがりたい気持ちでした。
「わかりました」
 矢古さんは、また「考える人」になってしまいました。

                            (つづく)





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by spanky2011th | 2011-09-04 15:06 | 長編童話 ふかひれスープの冒険