ふかひれスープの冒険(9)

        9
 あたらしく来たサメの三角形の背びれは、すごいスピードで、コンチキ2号にまっすく近づいてきます。
 「死のおどり」をおどりくるっていたイタチザメたちが、おどりをやめました。なにか、あわてふためくように、反対方向にもうスピードでにげていきます。
 それまで船をこうげきしていたホホジロザメが、いきなり、コンチキ2号をひっぱりだしました。あわてふためていて、にげようとしているみたいですが、チェーンでつながれているため、にげられないでいるみたいです。
 どうやら、サメにもおそれられているサメが来たようです。
「矢古さん、まだですか」
 田西さんは、ムダだとは知っていましたが、長考中の矢古さんに声をかけました。
 思ったとおり、返事はありません。
「茂津さん、きてください」
 田西さんは、こんどは、船室にむかって、大声でどなりました。
「茂津さんは、いま、気を失ってしまっています。手つだうことがあったら、手つだいますけど……」
 生きるか死ぬかの場面だというのに、間のびした声とともに、藤壺さんが、船室から顔をだしました。
 こんなときにたよりになるのは茂津さんと、今回の航海にはいないけど、けいさつ官の桑形さんだけです。藤壺さんでは、のんびりしすぎていて、こんなときには、まったくたよりにならないのです。
「藤壺さんは中にいてください」
 気を悪くしないように、田西さんは、ていねいにいいました。
「でも、なにか、やらせてください」
「それでは、ひろしのそばにいてください」 
        ドスン。       ガリガリ。
 すさまじい音とともに、船が大きくゆれました。
「うひゃあ」
 藤壺さんは、なさけない声をあげて、そうじゅう席と船室とのさかいのところで、もがきだしました。
「あーあ」
 田西さんは、ためいきをつきました。
 前を見ると、新しくきたホホジロザメがあたまを海からだして、コンチキ2号のふなべりに、ガップリかみついていました。
 その、大きいの、大きくないのって! たたみを6枚たてにならべたくらい(10・8メートル)あります。
 こんな大きなホホジロザメは、いままでに、見たこともなければ、聞いたこともありません。
 白いあごのまわりには、たくさんのきずあとがあります。
 きっとガブリとかみついたエサが、あばれたときに、ひっかいたり、かみついたりしてできたきずでしょう。
 そして、背びれのところには、折れたもりがささっていました。
 これまで、そうとうはげしい戦いをして、生き抜いてきたのでしょう。
 巨大ホホジロザメが、チラリと田西さんの方を見ました。なにを考えているのかわからない、ぶきみな目が、田西さんをじっとみつめました。
「おれは、はらぺこなんだ。ぜったい、くってやるぞ」
 サメが、そんなことをささやいた気がしました。
 そして、そのささやきにまじって、船室にいるひろしの
「パパ、こわいよー」
という声が、聞こえたような気がしました。
 こわさで腰がぬけそうになっていた田西さんの顔が、キリッとし、いかりで真っ赤になっていました。
「サメめ。ぜったい、生きのびてやるぞ」
と、どなりかえしました。
 サメがニヤッと笑ったような気がしました。 サメは、あたまを左右にふると、ミシミシと音をたてて、船の一部をくいちぎり、海へもどっていきました。
「矢古さん、じゃまだ」
 田西さんは、船室にかけこむと、そうじ用のモップにほうちょうをくくりつけ、外に飛び出しました。そして、こんどはマストに自分のからだをくくりつけました。
 手には、あわてて作ったもりをかかえています。
「サメめ。かかってこい! ひろしたちは私が守るのだ。」
 船の回りをゆっくり泳いでいるサメに、田西さんはいいはなちました。
 食うか、食われるかの、いのちをかけた戦い。
 それが自然のおきてとはいっても、まさか、自分がそういう戦いにのぞむはめになるとは、田西さんはちっとも思っていませんでした。
 エサを食べなくてはサメも死んでしまうかもしれませんが、田西さんにも、いのちをかけて守らなくてはならないものがあるのです。それは、宝物のひろしと、だいじに仲間です。
 どうしても、負けるわけにはいかないのです。
「パパ! ぼくも、戦う!」
 ひろしが、モップを持ってやってくると、マストに自分をくくりつけました。
 見ると、藤壺さんと安光さんも、デッキに出てきていて、そうじゅう席のところにからだをくくりつけています。
「いいか、ひろし。目をねらうんだぞ」
「うん。わかった」
 エサがわざわざ船のうえに出てきたと思ったのでしょう。サメが、円をえがいて泳ぐのをやめると、コンチキ2号に向かってきます。それも、田西さんとひろしに向かってです。
 サメが上半身を船にのりあげました。船は大きくかたむきました。からだをくくりつけていなかったら、とっくに海に転げ落ちていたでしょう。
 ガチリ。ガチリ。
 足元から、ぶきみな音がします。大口をあけて、田西さんたちふたりの足にかみ付こうとしているのです。
 きょりにして30センチほどたりないので、サメはくやしそうに、ガチリ、ガチリと歯をならすだけでした。
「これでも、くらえ」
 田西さんは、サメの目めがけて、モップのもりをつきおろしました。
 ガチッ。
 たしかにサメの目をねらったのですが、はげしい生存競争を生き抜いてきただけのことはあります。もりがつきおろされたしゅんかん、サメはあたまを少しずらしたので、ほうちょうは、かたいサメのはだにきずをつけただけでした。
「くそっ!」
 田西さんらしくないきたないことばが、田西さんの口からこぼれました。
 サメは、目をつぶされてはたいへんだとばかりに、あわてて海にもどっていきました。
 でも、あきらめたわけではありません。
 なぜならば、船からはなれたサメが、また、船の方に向きをかえたからです。
「ひろし、がんばれよ」
 田西さんは、はげまそうとして、となりのひろしに、声をかけました。
 返事がありません。
 田西さんがチラリと横を見ると、ひろしは気を失っていました。あまりのこわさのためでしょう。
 まるで、眠っているようです。
 その顔を見たら、田西さんのからだに、ふしぎな勇気があふれてきました。
「ぜったいに、子どもを守るぞ」
 それは、いのちをかけて子供をまもろうという、野生動物の本能です。
 サメがどんどん近づいてきます。
 こんどは、いっぱつで、二人の足に食らいつこうと考えているのでしょう。サメは、さっきよりスピードを出しています。
                                     (つづく)



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by spanky2011th | 2011-09-09 17:21 | 長編童話 ふかひれスープの冒険