「はが文」について

 中学・高校の英語の文法の授業で、さんざん絞られたので、60才近くになった今でも、英語の基本文型は頭にこびりついている。しかし、日本語の文型となると、興味のある人が独学でやるか、大学で不人気学部の国語学部に入った人くらいしかやらない。
 英語文型にない、日本語独特の文型として「はが文」というのがある。題述構文と陳述構文とのハイブリット構文というような、実に興味深い文型である。
「は」と「が」でさんざん書いたことだが、「は」は主題を表し、「が」は主語を表す。そして「が」は、五感認識伝達であると書いてきた。
 一度「文法 ハガ文」で、ググッてみてほしい。けっこう、おもしろい論文や、意見が出てくる。

「はが文」の「は」は主題だからスンナリと問題なしなのだが、ここでも問題になるのは「が」だ。日本語には必ず「主語-述語」がなくてはならないという信仰から、無理矢理に説明しようとしていたり、実に興味深い。

(1)「彼は目が青い」
(2)「彼は焼き芋が好き」
(3)「彼は娘が大学生だ。」


(1)(3)での助詞「が」は「主格」で、 (2)は「目的格」であるとされている。
 ここら辺にも、欧米の文法をガムシャラに勉強して、その考えをベースに日本語の文法を構築しようとした弊害を、筆者は感じてしまう。日本は欧米と比べれば遅れた国であるという、辺境人意識の抜けきらない学者さんの陥りやすいミスなのだろう。
 助詞の働きや違いをこまかく分析して、欧米の「主語」「目的語」を作る辞であると思い込んでしまい、「主格」「目的格」と分類したのだろう。ちなみに、(1)(3)の「は」は、「の」に置き換えることが可能だ。
 もっとシンプルに考えて、「が」は「着眼格」であるとすれば、「主格」「目的格」の両者の説明がつく。もちろん、いまの日本語の文法には「着眼格」などという分類は存在しない。
 「着眼格」といっても、目に情報収集の大部分を頼っている人間だから、五感「眼・耳・鼻・舌・皮膚」の代表選手としての「眼」なのであって、もし、人間が犬のように匂いに頼る存在なら「臭格」「着鼻格」(冗談です)ということになるのだろう。
 文法研究のタブーなのか、客観性がない・検証のしようがない・数字化しにくいという理由なのか、日本語を使うときの使い手の意識を内省することが、まずない。聞くときの聞き手の意識を内省することも、まずない。
 以前にも書いたが、私たちが日常色々なものに出会い、判断し、生きている。このときに中心になるのは、「人が歩いている」「車が通った」などなど「が」で作られた言葉である。外国人に日本語を教える日本語教師用のテキストでは、「が」は「現象文」とされている。

 たとえば、A氏と道でばったりと出あったときのことを、「が」を多用して書いてみよう。

(1)昨日、わたしはのんびりと道を歩いていた。やたら暑かった。むしむしした。汗がだらだらと流れる。
(2)すると、向こうからA氏がやってきた。
(3)私「やあ、お久しぶりです」
(4)A「おや、お腹がずいぶんスリムになりましたね」
(5)私「娘がダイエット食品会社に勤めだして、ダイエット食ばかりがテーブルに並ぶのですよ』
(6)A「そこらで暑気払いでもしませんか」
(7)私「ビールが飲みたいですね。たまには、発泡酒ではなく、ぜいたくに生ビールがいいですね。それに、脂っ気の多い焼き鳥もたまにはたべたいですよ」
(8)A「だったら、おいしくて、安い店がこの近くにありますよ」


 この文章の視点はわたしにしてみた。
(1) 以前さんざん悪口を書いた「未知情報・既知情報」でいうと、「が」は未知情報になるのだけど、主語なしの「やたら暑かった」「むしむしした。」と同じ意識で、「汗がだらだらと流れる。」と書いている。汗だけが新情報な訳ではない。暑かったと書けば「気温」であることがわかり、むしむししたと書けば「湿度」だ。当たり前すぎるから、省略しているのだ。ここで、わたしの意識は、まず、気温に着眼し、次に湿度に着眼し、次に、汗に着眼しているのだ。この意識の流れを無視して、言葉を考えること自体、ナンセンス。
 「汗がだらだらと流れる。」という文は、現象文らしい現象文にもなっている。「汗はだらだらと流れる。」にしてしまうと説明的になって、現実味がなくなってしまう。

(2) 私の目がA氏の姿を捉えた(着眼)ので、「向こうからA氏がやってきた。」となっている。めずらしく、新情報らしい「が」である。

(4) A氏は、私のお腹に着眼し、スリムになったと印象を述べている。

(5)私は、A氏の問いに答えようとしたら、まず娘の顔が浮かんだ。だから、娘に着眼し、ダイエット食に着眼して、お腹がへこんだ理由を説明している。

(7)暑気払いといわれて、私の頭に浮かんだのはビールだった。だから、「ビールが」と着眼して言葉にし、次に「飲みたいですね。」と付け足している。次に浮かんだのが「生ビール」で、その次が「焼き鳥」と着眼していく。
 この「が」は、従来の文法では「目的格」なのだが、「が」を「を」に置き換え可能だからにすぎない。「ビールをのむ」という言葉があるからだ。

(8)A氏は、「おいしくて、安い店」に着眼し、「この近くにありますよ」とのべているだけ。他の文章に書き換えることも可能だ。「だったら、私は、この近くにある、おいしくて安い店を知ってますよ』とかになるのだろう。このような文が最近、激増している。英語文法で書かれた日本語だ。

[文型1のパターン認識はこうだ]にでてきた「はが文」を拾いだしてみよう。主題「彼の話ですよー」とまずやって、次にその彼の一部分に着眼しているのがよく判るはずだ。

彼は、耳が欠けてる。
彼は、声が大山のぶ代にそっくりである。
彼は、ドラ焼きが好きである。
彼は、ネズミが嫌いである。
彼は、友達がノビ太である。


 それにしても、「着眼格」というのは、あまりにもダサすぎる。もっと的確な表現があったら教えてほしい。


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by spanky2011th | 2011-09-17 21:29 | 日本語  基本の3文型