ウォール街のデモに思う

 ウォール街でくり広げられたデモ。アメリカの1パーセントの人々が富のほとんどを独占し、アメリカの大半が貧困に喘いでいる。その苦痛な叫びが今回のデモだ。「貧困大国アメリカ」や「大搾取」を読んでもらえば、その実態は明らかだ。
 広大な大地があり、豊かな自然の恵みがあり、その中で、 「自由」に金儲けできる時代は、資本主義でよかった。自然から搾取しても、ヒエラルキー内で処理されていたのが、中世以前の経済だった。
 人間が科学を手に入れ、大量生産・大量消費への道を歩み始めた産業革命以降、様子がかわっていく。自然から搾取する時代(開拓時代)を経験し、次に、他国からの搾取時代(植民地時代)を経験し、次にたどり着いたのは中産階級からの搾取する時代だった。こんなことをつづけていたら、人類は滅亡への行進を早めているだけだといえるだろう。
 資本主義という経済体制は、神が作り上げたものではなく、あくまでも、人間が何世代もかけて作り上げたものだ。人間が作ったものだから、人間の手で変化させることができないわけがない。
 ただ、やみくもに、これを正しいと信じるのは止めるべきだ。
 「日本古来の文化」という言葉同様、言葉に騙されてはいけない。このように書かれると、つい、長くつづいているから、それが正しいと思い込んでしまう。長くつづいているものの実態を細かく観察してみると、「日本古来の悪習」と言い換えた方がいい場合が多々ある。
 資本主義がいま、人類を破滅へと導こうとしている。
 人体を想像してもらいたい。脳、心臓、胃、腸、筋肉……とある意味、カースト性がひかれているといえる。しかし、すべてが関連し合い、必要な分だけの栄養が行き渡るようにできている。
 脳がすべての中心であるように思われているが、決してそうではなく、意識がいくら「心臓よ、止まれ』と命じても、心臓が止まることはない。
 おいしそうなお菓子を目の前に置かれると、「おっ、おいそうだ。食べようかな」と、思って、手を伸ばすわけではない。
 目が菓子を確認すると、よだれが出て、手が伸びてゆき、「おっ、おいそうだ。食べようかな」と思うのである。これが最近の脳科学の知見である。
  人体と同じような、すべての部分に必要に分だけの栄養が行き渡る「経済体制」を模索しなくてはいけないのだ。
 そのヒントとなるのは、お役御免と思われている「社会主義」にあるような気がする。あれは、「社会主義」が敗北したのではなく、社会主義を運営するエリートたちの腐敗堕落し、がん細胞と同じように、自分たちががん細胞と同じように、栄養を独占し、他の部分を顧みなくなってしまったからだ。
 「資本主義」の長所と、「社会主義」の長所を取り入れた経済体制が、次の経済体制だろう。しかし、それを維持するには、リーダーたちの腐敗をいかに防ぐか。ここに、幸福な未来への鍵がある。
 1パーセントの人々は、いま、有頂天でいるだろう。それが永遠不滅なわけでいると思っていたら、大間違いだ。がん細胞化して、あまりに肥大化しすぎている。
 このまま、つづくと、彼らも不幸になる。

 人間は科学を手に入れた。そして、さまざまな知識も手に入れた。その人間が、持続可能で、人類の皆が幸せになれる経済体制を作り出せないはずがない。
 既得権として、1パーセントの人々は、今の経済体制にしがみつこうとするだろう。抵抗し、様々な手をつかって、今の体制を維持しようとするだろうる
 しかし、庶民は賢くなった。新しい経済体制のモデルを提示されれば、十分、理解可能だ。
 1パーセントの人たちが、コソクな手を使えば、それは自分の首を絞めることになっていく。
 
 とにかく、いまの経済体制はチェンジされなくてはいけない。
 経済の成長神話がもたらしたものは、行き詰まった社会と、放射能で汚染された日本。
 古いパラダイムでしか、ものを考えられないリーダーは去るべきだ。投票しなしないべきだ。責任を取らずに、日本の未来像をきめていく官僚達も、庶民の手で、監視していくべきだ。
 公僕というのは公務員のことであって、公務員の生活を安泰にし、贅沢させるために庶民が僕になっている今の姿はまちがっている。

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by spanky2011th | 2011-10-09 14:03 | 世相 妄想随談