ふかひれスープの冒険(12)

         12
 ホホジロザメは、たたみ4枚分のも、6枚分のも、ふたたび、浮かんでくることはありませんでした。
 きっと、どちらかが、どちらかを殺し、そして、満腹になるまで食べてしまったのでしょう。たたみ6枚分が、勝ったにちがいありませんが、たしかなことはわかりません。
「どうです。船長。作戦どおり、わたしたちは、助かったみたいですよ」
 矢古さんが得意そうにいいました。
「矢古さんのおかげです……」
 そうじゅう席にもたれかかっている田西さんは、もっと、なにかいおうとしましたが、なにをいったらいいのかわからなかったので、だまってしまいました。
 だまってしまうと、疲れが、またおそってきました。ひろしを守るために死に物狂いになって戦っていた自分がウソのように思えました。どこに、あんな力があったのでしょう。どこに、あんな勇気があったのでしょう。
 そして、なぜか、サメのことばかりが、頭に浮かんでくるのでした。
 人間が生まれるずっとむかしから、食うか食われるかのおきての中で生きぬいてきたサメたち。たしかに、サメの中には、人をおそうものもいますが、それは、あくまでも自然のおきてにしたがっているだけです。悪意があるわけでもないし、殺しを楽しんでいるわけでもありません。
 生きていくために、子孫を残すために、命をかけて食べるのです。

 あんなにこわい思いをしたのに、なぜか、田西さんは、サメをうらむ気にはなりませんでした。それどころか、生きていくために、子孫を残すために、死にものぐるいになって食べるサメが、とても、すばらしい生き物のように思えました。
 神さまとか、仏さまとかは信じていない田西さんですが、「生きていこう」というすさまじいまでのサメの生命力に、ふしぎな感動をおぼえていました。
 それに、戦いやぶれて死んでいったサメだって、生きて、生きて、生き抜いていこうとして、死に物狂いになって戦い、そして、死んでいったのです。
「死んでいったサメのため、祈りをささげませんか」
 田西さんはそうつぶやくと、疲れたからだにムチうって、立ち上がりました。そして、白いぼうしをとると、胸に手をあて、目をつむりました。
 田西さんの思いは、ほかの人にも伝わったのでしょう。矢古さん、
藤壺さん、安光さん、ひろしも、同じように、胸に手をあて、目をつむりました。
 犬のボランも、まねて、胸に前足を当てようとしましたが、どうしても、「お手」のポーズにしかなりません。でも、気持ちは、あらわれていました。
「それにしても、大きなサメでしたね」
 矢古さんが、となりの安光さんに話しかけました。
「最初のは七メートルくらいでしたが、つぎにきたのは、十メートル以上はありましたね。いままでにつかまったホホジロザメで一番大きかったのは、全長6・4メートルのやつで、ちょっと疑わしいのでアゾレス諸島でつかまった9メートルというのがあります。ですから、どちらかでもつかまえておけば、世界記録はまちがいなしでしたね」
 観察が大好きな矢古さんだけあって、見ただけで、2匹のサメの大きさを、ほぼ正確につかんでいました。
 ところが、安光さんは、つりざおをふりまわし、こうふんぎみに、
「なにいってんでえ。最初のは十メートルはあったし、次のは二十メートルはあったぞ」
と、いいだしました。
 にがしたさかなは大きいといっても、安光さんがいうのは大きすぎます。
「そんなにはありませんでしたよ」
「てやんでえ、ぜったいにあった。魚のことに関しては、この安光さまが一番くわしいんだぞ」
 ふたりのはげしいいいあいがはじまりました。
 すると、とつぜん、
「あっ、ふかひれだっ!」
 藤壺さんが、しずかになった海をゆびさしました。でっかいふかひれが、波のまにまにただよっていたのです。
「よしきた。まかせなさい」
 手ばやく投げざおを用意すると、安光さんはヤッとかけ声とともに、ふかひれめがけて、おもりをなげました。
「ナイス・ショット!」
 安光さんの投げたおもりがふかひれにあたり、はりがひっかかりました。
「うわーい。ふかひれスープがこれでつくれるぞ」
 藤壺さんがうれしそうに、ピョンピョンとびはねました。
「藤壺さん、とびはねるの、やめてください」 
あわてて、やせっぽちの矢古さんが、せい高のっぽの藤壺さんを、おさえつけました。
「その音をきいて、えものだと思ってサメがやってくるのです。藤壺さんの足で船をたたく音をきいて、はじめのサメはやってきたのだし、つぎのサメも……」
 長々と矢古さんの解説がはじめようとしたので、
「さあて、ふかひれスープをつくろうっと」
と、藤壺さんは、つりあげたふかひれをひっつかむと、にげるように船室にいってしまいました。
「ダメですよ、藤壺さん。きちょうな証拠ですから、スープなんかに、しないでください。そのふかひれから、あのサメの大きさを計算しますから、待ってください」
 矢古さんは、藤壺さんを追いかけて、船室に行ってしまいました。

 ふたりのようすをニコニコほほえみながら見ていた田西さんは、
「安光さん、すみませんが、茂津さんを起こしてきてください。あちこち、食いあらされてしまっているので、大急ぎで、なおしてもらわなくてはなりませんから」
と、たのみました。
「がってんだ」

                  (つづく)

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by spanky2011th | 2011-10-18 18:31 | 長編童話 ふかひれスープの冒険