私の音楽の好み

 いまから四十年以上前の話だ。小学生六年生の修学旅行のときにみんなで歌う歌集を作る係に、私はなった。
なんの曲を入れるか決めるとき、ある女の子が加藤登喜子の「赤い風船」を強く押した。私は、びっくりした。これが修学旅行でみんなで歌う曲か、と。たしか、NHKのみんな歌で、流されていたんだと思う。
 いい曲だけど、交通事後で死んでいく子供の歌なんだぞ、と叫びたかった。でも、結局、修学旅行の歌集に入ることになった。でも、いい曲だな、と思っていた。



 もう少し後の話だ。兄が森山良子のアルバムを買ってきた。その中の一曲に「忘れかけた子守唄」というのがあって、兄がしょっちゅう聞いていた。この曲を検索してみたら、森山良子ではなく、タイガースが歌っているのがヒットした。タイガースが歌っていたなんて、いま、初めて知った。
 
同じ森山良子に 「愛する人に歌わせないで」という曲がある。冒頭が「もう泣かないで坊や」だから、これが曲のタイトルだとばかり、いまのいままで思い込んでしまっていた。
 昭和40年代。学生運動が華やかりしころ。ベトナム戦争が激しく、その報道に胸を痛めていたころ。
 こういうセンチな、社会派な歌が、結構あった。私の性格の一部は、この手の歌に影響されているのはまちがいない。
 いまや、この手の曲は、マンモスやサーベルタイガーと同じ運命を辿り、絶滅してしまった。
 


  中学生になり、深夜のラジオ番組を聞くようになると、洋楽というものにも触れるようになった。ビートルズ、ストーンズ、BS&T、シカゴ、チェイス、ジミ・ヘン、クリーム、ディープ・パープル、ツェッペリンなどを主に聞くようになり、自然と日本の曲とは、おさらばすることとなった。
 その中で、自分の好みに後々にまで影響を及ぼすことになったのは、ピンク・フロイトの「ウマグマ」とマイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」。
 衝撃以外のなにものでもなかった。
 畳に寝そべり、ステレオのスピーカーを頭の左右に置き、目を閉じ、何度も、何度も、聞いたものだ。毎日のように聞いたものだ。
 どうも、14、15歳の頃に衝撃を受けた音楽は、一生、後を引くものらしい。
 いろいろな人と会話していて、たまに音楽の話になると、私は、14、15歳の頃に衝撃を受けた音楽は何か、質問してみることにしている。
 そうすると、その人も、そのときの衝撃を引きずっていることがわかる。
  そういう人に、その曲は、たいした曲じゃないよ、というのはタブー。まるで、人格を全面否定されたように、感じるからだ。
 たまに、Tレックスなどを聞くと、古いなー、と思っている自分がいるのだが、フロイトとマイルスは、少しも古くならないのだ。
 きっと、Tレックスに衝撃を受けた人には、私は古いと感じる曲が、ビビッドに感じられているにちがいない。
 ジェロとか、ジャロとかいう演歌歌手がいるが、彼もきっと、14、15歳の頃に、日本の演歌に衝撃をうけたに違いない、と思うことにしている。

 いまも、フロイトとマイルスは、自分の中では別格の存在だ。
 しかし、私の大好きなフロイトも、別の人に言わせると、つまらない、となるのだ。
 
 マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」なんかは、なにをやってるのかわからない、となるのだろう。いかに、つまらない作品か、ぜひ、聞いてもらいたい。
 しかし、私には衝撃が走ったのだ。いま聞いても、40年前と同じに新鮮である。



 ロックはプログレ、ジャズはフュージョン。15歳以降は、これを中心に、音楽は追いかけている。
 ピンクフロイトよりも、80年代以降のキング・クリムゾンの方が、音楽的にすごいことをしているな、と思っても、私にとっては、ナンバー1はピンクフロイトなのである。
 

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by spanky2011th | 2011-12-20 20:43 | 世相 妄想随談(音楽付き)