ありきたいの魔法の話 第一章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら


第一章 魔法特許許可局
 ベスは、若くて、すごくきれいで、とても頭のいい魔女でした。魔法大学をトップの成績で卒業してからは、教育・魔法省の魔法特許許可局につとめました。魔法界のエリートと呼んでいいのでしょうが、なぜか、心はみたされていません。
「この福の神魔法の特許で、お金持ちになるのはまちがいありません。だから、ぼくと結婚してください」
と、特許をとりにきて、そこでベスに一目ぼれして、こんなプロポーズをする魔法使いがいました。一人、二人ではなく、けっこういました。
「わたしの家系を見てください。すごい魔法使いばかりでしょう。わたしと結婚して、名門の一員になりませんか」
とか、
「ぼくは、魔法使いのファッション雑誌の読者モデル人気投票で、ナンバーワンでした。ぼくたちが結婚すれば、美男美女のお似合いのカップルになれますよ」
というような魔法使いもいました。
 こんな風にいわれるほど、ベスは、さみしさを感じるのでした。みんな、口裏を合わせたみたいに、同じセリフ、
「君ほどきれいな魔女は見たことがない。かならず幸せにします」
と、容姿をほめ、幸せにすると誓うからです。
 そのたびに、ベスは心の中で思うのでした。もし、自分がひどくみにくかったら、この人たちは、自分のことをどうするのかしら? と。
 それに、ベス一人の力では、幸せになれないみたいな口ぶりです。
 そんな人と結婚しても、しあわせになれるとはどうしても思えないのでした。それに、幸せがどういうものなのか、ベスにはよくわからなかったのでした。
「あせらなくても、だいじょうぶだよ。そのうち、君にぴったりのパートナーがあらわれるから。相手は魔法使いかもしれないし、ふつうの人間かもしれないよ。とにかく、パートナーがあらわれたら、勇気を出して、飛びこんでいくんだよ」
 ベスの悩みに気づいている部長が、ベスをはげまします。
「予言ですか?」
「ちがうね。長く生きてきた体験でつかんだ知恵だよ。わしを信じるんだね」
 部長は三百歳をとっくにこえた年寄り魔法使いでした。

 教育・魔法省ができてから、禁止魔法がたくさん生まれました。
 過去の反省から、国が教育・魔法省を介入することも、教育・魔法省が国に介入することも禁止されていて、いまは、教育界と魔法界の有識者が協議しあって、禁止魔法などを決めています。そして、禁止魔法ができてから、人間と魔法使いとが仲良く暮らせるようになったのです。
 魔法特許許可局の仕事は、新しく作られた魔法が本当に効果があるのか、他人を不幸にする魔法ではないのか、などを調べることです。
 禁止魔法には、不老不死魔法、復活魔法、殺人魔法、お金製造魔法などがあります。
 古くからの魔法がつぎつぎに禁止され、魔女と魔法使いの中には不満に思っている者も少なくありませんでしたが、これはしかたがないことなのです。
 いまでは禁止されている魔法を、魔女と魔法使いが勝手気ままに使いまくって、人間たちを長い間困らせてきた歴史があるからです。
 では、魔女と魔法使いは不満ばかりかというと。そんなこともありません。
 人間と魔法使いが仲良く暮らせるようになって、魔女や魔法使いの中にも、
「飛行機というものにのれば、寒い思いをしてほうきに乗らないですみ、寝ているあいだに遠いところへでもいけるんだから、便利なものだね」
とか、
「電話一本で、いろいろに人と話せるとは、すごいもんだ」
と、いうような者もあらわれるようになっていました。それも、けっこう多くいました。
 魔法はいまも次々と発明され、進歩しつづけています。でも、過去からの反省で、専門家が長い時間をかけて検査して、実際にその魔法を使ってみて、いろいろな副作用を調べ上げ、会議で徹底的に話し合いがおこなわれ、それで問題がないことがわかった魔法にだけ特許がおります。これで、ようやく、その魔法は使っていいことになるのでした。
 たとえば、特許を取りに来たついでに、ベスを見染めた人の「福の神魔法」の場合はこんな具合でした。
「この福の神魔法にはすばらしい効果がありました。たしかに、次から次へと、幸運が舞い込んできます。宝くじを買えば一等があたり、墜落する飛行機に乗る予定だった人が、搭乗直前に腹痛で乗るのを見送って、助かるといるというケースもありました」
「でも、問題点がたくさんあります。たとえば宝くじを買い人が全員、この魔法を使うと、どうなるのでしょうか? それ以上に問題なのは、向上心がなくなる点です。さらに、犯罪をおかしても逃げ切ることができるので、道徳心もなくなっていきました。この魔法を禁止魔法にすべきだと思う人は、挙手をおねがいします」
 会議の出席者の八割の人が手を挙げました。
 こんな具合に決められていくのでした。

 ベスの仕事は、新魔法の受付から、資料作成、検査依頼、会議の食事の手配まで、ありとあらゆる仕事をじょうずにこなしていました。
 福の神魔法が禁止魔法となったことを相手に告げること、こんなこともベスの仕事でした。
「まことに残念ですが、福の神魔法は禁止魔法になりました」
 電話でそのことを伝えると、魔法を受け付けた時に、結婚を申し込んできた相手は、
「それは残念だ。すごくいい魔法だと思ったんだけどな。ところで、ぼくのプロポーズ、受けてもらえますか?」
「ごめんなさい。わたし、結婚を約束している人がいるのです」
と、ベスはうそをつき、ことわりました。
 だって、向上心に欠け、犯罪を犯しても平気でいそうな人とは、どうしても結婚する気になれないからです。
「それは残念だなあ。君みたいな美しい人を毎日ながめることができら、ぼくはすごく幸せなのにな。君みたいに、学歴もあり、社会でも大事な仕事をしている人を、ぼくは支えてあげたいんだ。あっ、いいアイデアが浮かんだぞ。今度は、幸せな出会い魔法というのを作りだそう」
 そういうと、電話は一方的に切られてしまいました。
 ベスはためいきをつきました。見かけとか、学歴とか、魔法が使えるとかではなく、自分そのものを見てくれる人と出会いたい。ただ、それだけでした。
 そして、思うのでした。自分にとっての幸せとはどんなものなのか、と。
 お金があること? 愛してくれること? 健康であること? ハンサムな人と結婚すること? やさしい人と結婚すること?
 よく、わかりませんでした。

 そんなある日。運命の人があらわれました。
「魔法特許は、ここでいいんですよね」
 そういうと、分厚い書類と、一個の帽子を机にドンと置いたのです。帽子は、先がとんがった魔法使い用の帽子でした。木の皮を細くし、編んだものでした。
 ちょうどベスは、別の特許書類に目を通しているところでしたので、人が来たのに気がつかなかったので、あわてて、
「はい。こちらで受けつけています」
といって、目を声の主に向けました。
「あっ」
 あまりの驚きに、思わず声をだしてしまいました。そして、自分の声に、ベスはあわててしまいました。
「失礼しました」
 顔中が焼けただれていて、その上に、顔半分をおおうように赤いあざがある人でした。若いのか、年寄りなのかも、わかりません。着ているローブも、ぼろぼろで、ずっと洗濯されていないようでした。
 ベスの「あっ」で、男の人がひどく傷ついたことが、相手の目を見て、ベスは感じました。かしこそうな男の目に、ひどくかなしいそうな色が浮かんだからです。
 人間の価値は、見た目ではない。どんな人にも、平等に接しなくてはいけない。そう信じているはずなのに、やはり、見た目に重きをおいていたみたいです。
 そう思うと、自分がなんとも軽薄に思えて、恥ずかしくてたまりません。
「はい。魔法の特許の窓口は、こちらです。審査には、早くて半年、長いと十年くらいかかることもあります。あなたの特許魔法が審査を通り、世のため、人のためになることを祈っております。まずは、書類がそろっているか、確かめさせてください」
 ベスは、この人には、なるべく親切にしてあげようと思いました。
 目を見て話さなくてはいけないと思うのですが、彼の痛々しい肌を見ると、つい目をそらしてしまいます。
ベスは書類に目をやりました。新魔法品「いねむり帽子」と書いてあって、「これをかぶると、気持ちよくいねむりができます」と効能が書いてありました。
(これではだめだ。審査まで何年たってもたどりつけないぞ)
 ベスはそう思いました。
 それでなくても、魔法の特許の審査には手間がかかるのに、こんな魔法では、特許局の職員が後まわしにするに決まっています。だって、わざわざ魔法を使わなくても、眠くなる薬なんて、人間がたくさん発明しているのですから。
「いねむり以外の効能はないのですか。たとえば、魔法のむ力が強くなるとか、夢の中ですごい発明ができるとか、ほうきを飛ばす力が倍になるとか……」
 ベスが男を見てそう聞くと、男の方は顔のあざに手でかくしながら、
「ありません」
と、申しわけなさそうに答えます。
 あざを見られたくないみたいなので、目をぶ厚い書類に戻し、ぺらぺらとめくりながら、
「それにしても、とんでもなく手間のかかる魔法品みたいですね。審査が通っても、商品化が大変そうですね」
「ええ。たいへん手間がかかります」
 ベスは、いねむり帽子を手に取りました。ずっしりと重いけど、ていねいに編みこんであって、編み目が花のようで、とてもきれいです。
「十年目の山ブドウの皮でないといけないのですか。もっと軽い素材にしないと頭が疲れてしまいますよ。籐のつたとか、ごく当たり前の麦わらとかではだめなのですか」
「だめでした」
「わかりました。なんとか、すんなり審査が通るようにしてあげます」

 書類とサンプル魔法品を残して、男が帰ってしまうと、ベスは、ハタと困ってしまいました。どう考えても、審査は後回しにされそうです。それに、審査をぶじ通っても、使おうとする人がでてくるとは思えません。
 ベスは、とりあえず、帽子を頭にかぶってみました。そして、これからどうしようかな、と考えていると、
「さきほどは失礼しました。驚かせてもうしわけありませんでした。特許局に素晴しい人がいるというので、見にまいりました。あなたは合格です。ぜひ、うちの会社に来ていただけないでしょうか」
 さっきの人がもどってきて、名刺を見せながら、
「いまの給料の二倍、いや、三倍出します。うちの会社に来てください。だいじな仕事をあなたに任せたいと思っているのです」
 そういうのです。
「わたしは、ここの仕事に誇りを持っていますので、おことわりいたします」
 ベスがそういうと、男は手をポンと鳴らし、
「あなたは、ほんとうにすばらしい方だ。お金でも動かない。こんなみにくい私にも親切にしてくれた。わたしは、あなたのその心にひかれました。
 会社に来てもらうのはあきらめますが、どうか、一度でいいので食事につきあっていただけないでしょうか」
「ええ。よろこんで、食事にはつき合わせてもらいます」
「ほんとうですか。あなたのような方とは生まれて初めて出会いました。このマスクをするようになってからは、だれも女性は、わたしと食事をしてくれないのです」
 そういうと、赤いあざのある焼けただれたみにくいマスクをはがしました
「この一枚のマスクの向こうにいるわたしそのものを、私は見てもらいたかったのです。私そのものに好意をよせてくれる人を探していたのです」
 そこから出てきたのは、若々しくて、目もとさわやかで、映画スターもびっくりするほどのハンサムな男の人でした。
「外に自動車を待たせてあります。今から、レストランに行きましょう」
 男は強引にベスを連れ去って行きました。不思議なことに、いやでありませんでした。
 食事をしながら話してみると、彼も自分と同じ悩みをもっていたことがわかりました。そして、会社の経営はうまくいっているのですが、そのほかのことで大変な思いをしているので、いっしょに苦労してくれる信頼できる人を探しているというのです。
 職場に戻ったら怒られるんだろうな、と思いながらも、なぜか、ずっと彼といたいと思いました。気持ちがほこほこして、とても幸せな気持ちなのです。心と心が通じ合うというのしょうか、こんな人と出会いたい、ずっと思っていたみたいです。
「ベス、どうしたんだい? 君らしくないなあ」
 部長の声が聞こえます。あたりを見回しても、姿は見えません。とつぜん、地震がきました。不思議なことに、まわりは揺れていなくて、揺れているのはベスひとりでした。
「職場でいねむりするなんて、つかれているのじゃないのかい?」
 はげしく揺すられて、ベスは目を覚ましました。部長が、目の前で、にこにこ笑いながら立っていました。
「失礼しました。いねむり帽子をかぶったら、すーっといねむりをしてしまいました」
「新しい魔法品かね」
「ええ。そうです」
 いついねむりしたのかわからないほど、自然にねむってしまっていたのです。でも、夢の中で感じたほこほこした気分はいつまでもつづいていました。
 それに、自分がなにを求めていたのか、わかったような気がしました。
 ベスは、たいしたことを求めていなかったのです。心の通じる相手と出会いたい。自分を必要とする人といっしょに苦労したい。そんなところでした。
そ の日以来、ベスはときどきサンプルのいねむれ帽子をかぶって、いねむりをするようになりました。病気で死んだお母さんとの楽しかった日々、いまも学校で魔術の指導をしているお父さんとの思い出……、いねむりをしたあとは、なぜか、心がほこほこととあたたかく、とてもしあわせな気分になれるのでした。それに、悩みがあっても、いねむりの後には解決法が思いついているのでした。

 ベスがあちこち駆け回り説得したので、「いねむり帽子」の特許は半年でおりました。なぜか、自分で教えてあげたく思ったので、ベスはほうきにのって、サンプルのいねむり帽子を手にして、住所を手掛かりに、あのギルという名の男の人の所へ向いました。
ほうきにのって配達する魔法使い便でも、人間のやっている自動車便でも、送り返す方法はいくらでもありますが、ベスは、どうしても自分で返したかったのでした。
そして、自分の口から一言、すばらしい帽子だ、とどうしても伝えたかったのです。




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by spanky2011th | 2012-07-12 18:08 | 中編 ありきたりな魔法の話