ありきたりな魔法の話  第二章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら




第二章 ありきたりの魔法
「どうやって売ったらいいのですかね?」
 顔のあざを手でかくしながら、ギルが他人ごとのようにいいました。
 売るということがよくわかっていないようなのです。というより、山で育ち、山で採れるもので育ったので、お金というものがよくわかっていなかったのです。
 ベスには、いねり帽子はかならず売れるという確信がありましたので、
「とにかく、わたしを信じてください。かならず、売れます。だから、たくさん作ってください」
 山に初めて訪れた日は、そういってから山を下りたのですが、
(このまま、あの人にまかせていては、あの帽子は、このまま知られずに消えていってしまう)
 そう思うと、それがくやしくて、ベスは許可局をやめてしまいました。そして、パソコンを一台買うと、いねむり帽子の販売をやらせてほしい、とギルに頼みこむために、また、山小屋に戻ることにしました。
 自分の山小屋のとなりに、ギルが、ちいさな山小屋を作っているところでした。その小屋には、「ベスの小屋」と看板が出ていました。まるで、自分がもどってくると信じていたみたいでした。
「いねむり帽子の販売、わたしにやらせてください」
 ベスがそういうと、ギルは、
「おねがいします」
 たった一言でしたが、自分を信用してくれている気持ちがすごく伝わってきました。
 ベスは、ギルのとなりの小屋で暮らしだしました。
 ベスはパソコンでホームページを作って、いねむり帽子のすばらしさを伝えようとしましたが、まったく売れませんでした。
 そういうことが苦手なギルは、朝昼晩と、山でとれた食材で作った食事をベスのところへ届けてくれますが、販売のいっさいを、すベスにまかせっきりにしました。
 ギルは、あまりしゃべる人ではありませんでした。しゃべっているのは、もっぱらベスばかりでした。
「かならず売ってみせますからね」
「はじめの一個が売れれば、あとはどんどん売れていきます。心配しなくてもだいじょうぶですよ」
 いっしょに食事をしながら交わす会話は、いつもベスが一方的にしゃべるばかりでした。
 そのおしゃべりを、無口なギルがただ聞いている。でも、退屈そうではないのです。
 でも、なぜか、ベスはしあわせな気持ちでいっぱいでした。毎日が楽しくてならないのでした。
 いねむり帽子をかぶっていねむりしたときに感じたほこほこした気持ちでいられたのです。
 三ヶ月がたっても、半年がたっても、いねむり帽子は一個も売れません。

 あれこれ考えて、「医療魔法品見本市」に出品することしました。ベスは貯金をはたくと、見本市会場のかたすみに小さなブースを出しました。
 置いてあるのは、ロッキングチェアといねむり帽子だけ。ほかのブースみたいに、はでな飾りはいっさいありません。ベスは人を呼び込もうとして、
「どんな不眠症の人もすやすや眠れる魔法のいねむり帽子です。一度かぶれは、たちまち気分が良くなり、夢の世界へ旅立てます」
 大きな声で叫び続けました。でも、だれもブースには寄ってくれませんでした。
 疲れ果て、あきらめかけたとき、
「ちょっと、ここの椅子で休ませてもらってもかまいませんか」
 品のよさそうな老人がやってきました。
「この会場はどこもかしこも派手な照明ばかりで、年寄りの目にはつらいものがありましてね」
「だったら、この帽子で光をさえぎってください」
 ベスがそういって頭に帽子を載せてあげると、すーっと老人は寝入ってしまいました。
 三十分くらいすると老人が目を覚ましました。そして、向こうから、いねむり帽子のことをあれこれと質問しだしたのです。
 そして、
「この帽子を十個、ほしいのだが、売ってくれますかね」
 ベスは驚きました。
「これ、すごく高いのですよ。それに、いま売れるのは四個しかありません」
「だったら、その四個全部、いますぐうちに売ってほしい。のこりは、予約注文ということにしよう」
 ベスは、すごくよろこんで売るとにしました。それに、予約が六個もはいったのです。
 その老人は、大きな病院をいくつも経営している人でした。
 大よろこびのベスは、ブースをたたむと、このいい知らせを早く知らせようと、箒に飛び乗りました。
「ギル、とうとう売れたわよ」
 はじめて売れたことを知ると、ギルも大喜びしました。
「それも、全部売れたのよ。四個すべてよ」
 よろこんでもらおうと思ったのに、四個すべてといったとたん、ギルの顔がくもりました。
「四個すべて売ったりして、まずかったかしら」
「いや、そんなことないよ。ぼくはすごくうれしいよ」
 なぜ、ギルがすなおに喜んでくれなかったのか、その理由はすぐにわかりました。その日の真夜中のことです。とつぜん、ギルの小屋から、
「死んじゃいやだあ。ぼくのために死ぬなんて、そんなのいやだあ。」
と、叫びが聞こえたのです。
 あまりに大きな声で、あまりに悲痛な声だったので、ベスは、自分の小屋を飛び出しました。そして、ギルのドアを開けると、ベッドの上で体を丸め、ぶるぶると震えているギルをみつけたのです。
「どうしたの?」
 悪い夢でも見たのでしょうか。ギルはおびえきっていて、返事もしませんでした。気持ちが落ち着くまで、ただ、背中をさすってあげることしか、ベスにはできませんでした。
 そして、ベスは理解したのです。この人は、とてもつらい思い出があって、眠るのが怖いのだ。だれよりもいねむり帽子を必要としていたのは、この人だったのだ。それで、いねむり帽子を作ったのだ、と。
 翌日、ベスは、あの老人のところへ行って、事情をよく理解してもらって、一個だけ、返してもらうことにしました。

 とんでもない失敗をしてしまったと後悔したベスは、ある決意をして、山小屋に戻りました。
「どうして、話してくれなかったの。そんなに、わたしのことが信用できないの。きらいなら、きらいといってくれていいのよ。それなら、山を下りて、二度ともどってきませんから」
 ギルは目をまん丸くしたまま、だまっていました。ベスが出ていく話に、おびえているようでした。
「いつ、プロポーズしてくれるかと、わたし、ずっと待ってたのに……。わたしのこと、きらい?」
 だまったまま、ギルがいきおいよく首をふりました。
「だったらわたしのこと、好き?」
 困ったような顔をして、ギルはあざに手を当てています。
「あなた、顔のあざ、気にしてるのね。ばかね、そんなの、わたしは気にしてないわよ。わたしは、あなたという器の中にいるギルを好きになってしまったの。正直にいってよ。わたしのこと、好きなの? それとも、嫌いなの?」
 ベスは、ギルを問い詰めました。はっきりと聞きたかったのです。
 恥ずかしそうな顔で、ギルがぼそりと、
「好きです」
と、答えました。
「いつから、好きだったの? はっきりいいなさい」
「許可局で見たときから」
「えっ、そんなに早くから。だったら、なんで、プロポーズしてくれないのよ。」
 ギルは、だまったままでしたので、もう一度、
「なぜ、プロポーズしてくれないの。わたしがことわるわけないじゃないの」
 以前、部長がいった言葉「勇気を出して飛び込め」ではないけど、強引にでも、結婚してしまうつもりでした。
「ぼくは、こわいんだ。だから、君のことを忘れようとしてたのに、君の方からやってくるんだもの」
「たしかにわたしは、言葉もきついし、性格もきついかもしれないけど、そんなにこわがられるような魔女かしら」
「ちがうんだ。君が近くにいると、好きにならずにいられない。でも、ぼくには呪いがかかっているんだ。その呪いが、君を殺すかもしれない。君がいなくなったら、ぼくは生きていけない。ぼくには、呪いが……、その呪いが、ぼくのお父さんとお母さんを……」
 ギルは、とつぜん絶叫すると、頭をかきむしりだし、体を震わせて、倒れ込んでしまいました。
「ギル、ギル。ごめんね。悪いこと、思い出させてしまったみたいね」
 ベスは、子供のようにおびえているギルを抱きしめ、心の中で、知っているありとあらゆる呪文を唱えました。 でも、もっとも効果が出たのは、いちばんありきたりな魔法で、相手をさすってやりながら、
「だいじょうぶよ。だいじょうぶよ」
という呪文を唱えるというものでした。
 結局、ギルの返事は聞けませんでしたが、その日からベスはギルと暮らしだしました。
 呪い? 人を殺すような呪いは、今ではすべて禁止されているはず。どんな呪いがかかっていても、自分がかならず守ってあげるんだ、とベスは思いました。と同時に、ふっと、別の心配が心をかすめました。
 それは、魔女だけがかかる病気でした。ベスのお母さんも、それでなくなっていたのです。
 もし、自分がその病気にかかってしまったら、ギルはどうするのだろう。そう思うと、時間があまり残されてないような気がするのでした。

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by spanky2011th | 2012-07-12 18:14 | 中編 ありきたりな魔法の話