ありきたりな魔法の話  第三章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら


第三章 株式会社いねむり帽子
 ベスの背中には生まれたばかりの赤ん坊のダドがいました。ベスと同じ茶色い髪の男の子です。
 空中に浮かんだゆりかごの中で、ダドは、ぶーぶーといいながら楽しそうにハチと遊んでいます。ふしぎな赤ん坊で、ハチは刺そうとしないのです。
 呪いなんて、ありませんでした。ベスとギルの間には赤ん坊が生まれ、ベスは毎日がほこほこした気持でいっぱいです。
「今年のムラサキハナナは、いつもより花の色がうすくないかしら」
「ほんと、少し心配ね」
 ベスといっしょに、いねむり山で花つみをしているのはルルという人間の女の子です。
「こんなことじゃ、いつになっても注文をさばききれないわね。もっと人手をふやせないものかしら。ねえ、おかみさん」
 いねむり帽子は、作っても、作っても、注文に追いつけないほどの人気商品になっていました。ですので、いまでは、何人もの人を雇って、作る手助けをしてもらっていました。
「それにしても、世の中にはお金持ちがずいぶんといるのね。だって、いねむり帽子は一個で、自動車が二、三台買えてしまうんですもの。わたしも、いねむり帽子が買えるようなお金持ちになりたいなあ」
 ルルがそういうと、ベスは、まったくその通りだと思いながらも、
「ぜいたくいうものじゃありませんよ、ルル。この山で、あの帽子をもっているのは、うちのだんなだけ。あたしだって、ときどき、あの人のを借りて使うだけで、自分用のはないんですからね」
と、いってから、
「でも、いねむり帽子が必要なときには、いつでも使えるじゃないの。それでいいんじゃないかしら」
といいました。
「ほんと、ここで働いていて一番いいのは、その点ですね。リクライニグチェアでいねむり帽子をかぶっての休憩時間がなかったら、もっと、給料のいいところへ移って行く人もいるんじゃないかしら、おかみさん」
「ごめんなさいね。あんまり給料が払えなくて。わたしも、もっと払いたいんだけど、やはり、ちょっと無理なのよ」
「わかってますよ。おかみさんと社長は、あたしたちより質素に暮らしているんですもの。おかみさん、さあ、もう少しの踏ん張りですよ」
「ほんと、みんなには感謝してるのよ。すごく手間のかかる仕事を、安い給料でやってくださっているんだもの。たぶん、もう一台、自動車が買えるくらいなら、値上げしても売れるとは思うけど、それだけはどうしてもやりたくいの」
 ルルは、物おじしない、なんでもスバズバはっきりとものをいう、人間の女の子でした。
「はい。はい。わかってますよ。これをほんとうに必要としている人に届けたいんでしょ。それに、これ以上高くなったら、ますます、自分のための帽子が遠のいちゃうもの。あたしがほしいもの、それはいねむり帽子と、すてきな旦那さん。おかみさんとだんなさんを見てると、仲がいいんで、あたしも早く結婚したくなっちゃうのよ」
「あなた、まだ、十六歳でしょ。あせる必要なんてぜんぜんないわよ。そのうち、この人だと思う人があらわれますから」
「それは、魔女としての予言ですか?」
「あなたより長く生きてきた経験よ。そのときは、勇気を出して飛び込んでいくのよ。見掛けとか、家柄とか、そういうのじゃなくて、その中身を両目を見開いて見つめて、この人だと思ったら、飛び込むのよ。幸せにするよ、なんて甘い言葉にだまされちゃダメ。幸せは、こっちからつかみ取りにいくものなのよ」
 ベスがそういうと、ルルはにやにや笑いながら、
「はい、はい。おかみさんが旦那さんのところへ押しかけてきて、そのままいすわったということは、ここらへんで知らない人はいませんものね。どうして、あんな美女が、野獣みたいな人と、評判でしたもの。だけど、こうして一緒に働いてみたら、野獣はおかみさんで、美女が旦那様の方でしたけどね」
「いったわね」
 手をあげてぶつまねをすると、
「キャー」
といって逃げていくルルを、ベスは優しい目で見つめました。
 とつぜん、宙に浮かんでいるゆりかごの中で、赤ん坊が泣き出しました。
「あら、あら、たいへん。おっぱいの時間になったのね」
 だっこして、赤ん坊にお乳をあげていると、バタバタとすさまじい音を立てて、ヘリコプターが一台、近づいてきました。
 ヘリコプターは、ギルのいる山小屋のすぐそばへ降りていきました。
「ルル。はやく戻っていらっしゃい」
 木に立てかけてあった帚をひっつかむと、ベスはまたがりました。後ろにルルをのせ、
「ゆりかご、お願いね」
 ゆりかごを手渡すと、急いで、山小屋へ戻ることにしました。

 ベスが住んでいた小さな山小屋は取りこわされて、大きな山小屋が作られて、いねむり帽子の仕事は、そこで行われていました。
 入ってすぐのところに、お客さんとの商談用に使われる大きなテーブルが置いてありました。
 そこで、ベスが雇い入れたクリフ青年が、突然の訪問客の相手をしてくれていました。
「だいたいのお話はわかりましたが、そういうことは、みんな、おかみさんが決めることになっておりまして、だんなさんはそういうお話はしないことになっておりますので」
「そういわずに、あわせてもらえないでしょうか。いねむり帽子の特許を持っているのも、このいねむり山をもっているのも、ギルさまだということは、世間で知らないものはいないのですよ。ちょくせつ、お話しさせていただくのが、やはり、一番の近道だと、わたしは思うのですけれども。損な話ではないはずです。いや、良い話のはずです」
 そんな押し問答をやっているところへ、ベスが戻ってきたのでした。
「どうも、お待たせいたしました。なにか、不都合でもありましたでしょうか」
「よかった。おかみさんがもどってきましたよ」
 クリスは、訪問客の相手をベスにゆだねると、ひっこみました。
「これは、これは、ベスさんではないですか。お久しぶりです」
 許可局時代に何度か会ったことのある人が、あいさつしてきました。
ヘリコプターでやってきたのは、全部で五人でした。みんな、仕立てのいい背広を着込んでいて、みんな、きびきびと動いていて、みんな、頭の良さそうな人ばかりでした。
ベスに挨拶してきたのは、ベスと同じ年齢くらいの人でした。
「あなたはたしか、どこかの会社で、魔法技術担当者をやっていた方で、ええと、お名前は……」
「ドリーです。顔だけでも覚えていてくれていたとは、感激です。魔法特許に関係する人の間では、ベスさんは有名人でしたからね。
結婚していらしたのですね。おめでとうございます」
 とつぜんの訪問客は、山小屋に入ってくるなり、たくさんの書類や設計図をテーブルにひろげ、これからの計画をことこまかく説明し出したので、どう対応したらいいのかわからず、クリスは困っているところでした。
 ベスにあとは任せて、自分の仕事に戻ろうとしたら、
「クリスさんは残ってください。あなたは、わたしの片腕ですから、いっしょに話をきいてください」
 男たちは、とても大きな企業の重役でした。その会社は、いろいろなものを販売している有名な会社でしたが、
「今回、宅配箒という画期的な魔法特許を収得しました。パソコンで注文を受け、たちまちにお客様のところへ届けられるようにするというものです。
 今までと違う点は、箒には魔法使いも魔女も乗せず、宇宙をとんでる人工衛星で、すべての操作が自動でおこなわれる点です。
 ものを販売してすぐに届けるだけではありません。連絡を一本くれれば、いちばん近くにいる宅配箒がすぐ飛んできて、荷物を受け取り、目的地へ届けにいくというものでした。
「扱わせていただきたいのは、こちらのいねむり帽子はもちろんですが、こちらで作られる山ブドウのかごバック、山ブドウジャム、山桃ジャムなどなど、すべてを扱わせてもらいたいと思っています。
 いまや、いねむり山といえば、知る人ぞ知る優良ブランドです。
 そこで提案なのですが、「株式会社いねむり山」として、もっと近代化した経営をされたらいかがでしょうか。
 こちらが、そのプロジェクトの計画書です。この山全部を山ブドウ園にしてしまえば、いねむり帽子ももっとたくさん生産できます。機械化できるところは、機械に任せましょう」
 ほんとうによく練られた計画でした。ベスは、話を聞いていて、これなら間違いなく成功するだろう、と思いました。
 そして、成功すれば、みんなの給料を高くしてあげられるな、と思うのでした。
「クリスさんは、この話、どう思いますか」
「すごく、いい話だと思います。ただ、それを実行するには、たいへんな費用がかかります。今は無理です。とてもでありませんが、そんな余裕はありません」
「やはり、そう思いますか。わたしも、同じ意見です」

 クリスはとても頭のいい青年で、毎年毎年植える山ブドウの計画を立ててもらってたり、新しく始めたかごバッグの販売などのやってもらっています。
 いねむり帽子には、十年物の山ブドウの皮しか使えません。しかも、いろいろな加工をほどこして、その結果、いねむりの効果が出るのはほんの少し。
 使わなかったものを捨ててしまうのはもったいないとルルがいいだして、無駄になった山ブドウの皮でバッグを編んでみました。「わたしがつくりました」とルルの写真といっしょにバックの写真をのせて、パソコンのホームページで売ってみたのです。そしたらこれが評判がよくて、次のバッグはいつ販売するのですか、と問い合わせが殺到したくらいでした。
 山ブドウと山桃のジャムも、ひょいとしたしたことで思いつき、売り出してみたら、人気になっていったのです。
ベスのところで働く人は、こうやって、ひとり、またひとりと増えていったのでした。
 そして、いねむりブランドとして、ちょっと高い値段だけど、安心できて品質がいいと人気がでてきたのです。
いねむり帽子の特許は、公開されているので、ほかの人たちも同じ手順で作るようになりました。でも、それらには、あの幸せいっぱいのいねむり効果が出ませんでした。
 「うたたね帽子」「いねむり用帽子」などといった名前で模造品が作られたりしたので、ベスは、「いねむり帽子は、何人もの人にいねむり効果があらわれるのを確かめてから、出荷しております。類似品にご注意ください」と注意をよびかけなくてはならないほどでした。

「とにかく、ここの製品は、手間ばかりがかかって、どうしても値段が高くなってしまうのよね。とくに、山ブドウが問題なのよ。なぜ、この山の山ブドウでなくてはいけないのかしら。山ブドウ園にしてしまえば、もっとたくさん、山ブドウの皮が手に入るわね。そうすれば、予約待ちしている人にも待たせないですむし、あなたがたにも、労働に見合うだけの給料が払えるようになるわね」
「ぼくもそう思います」
「でも、設備を近代化するにも、お金がないのよねえ……」
 ベスがぼそっとつぶやいたとき、五人の男の中の一番年齢のいった男の人が、
「その解決法はありますよ、ご心配なく。株式会社にすれば、すべての問題は解決します。
必要な金額は、株式で集め、利益が出たら、株主に分けてあげればいいのです。
私どもは、その株のすべてを引き受けさせてもらう用意があります。もちろん、利益はとうぶんはでないでしょう。それでもかまわないのです。
 ここで作られた製品を扱わせてもらえるだけで、十分にうちにはメリットがございますので」
 ベスも、株式会社の仕組みは、だいたいむ知っています。でも、自分で会社をおこすなどいうことは考えたともありませんでした。
「クリスさんは、どう考えますか」
「わたしは、賛成です。そうしましょうよ、おかみさん。あのすばらしいいねむり帽子が、もっと、もっと作れるのですよ。必要としている人に、早く届けたいではないですか」
「あなたならそういうと、思っていたわ。でも、これは、自分の判断だけでは、決められないわね。あの人と相談してみなくてはいけないわね」
「だんなさまが、おかみさんに反対するわけがないじゃないですか。いままでも、すべておかみさんまかせだったのですから」
 ふたりは、善は急げとばかりに、ギルがこもって仕事をしている小屋に向かいました。そのあとに、ヘリコプターでやってきたひとたちも、ぞろぞろとついていきました。
 扉をあけると、中から、海の匂いがぷーんと流れてきました。いま、ギルがとりかかっている魔法特許品は、山火事をふせぐものだそうです。火を抑えつけるものとして、海で取れるものを材料にしているので、こんな匂いがこもってしまっているのでした。
 コンブやクジラのひげなどをいろんな薬品につけていたギルが、顔を挙げました。
 そのとき、後ろについてきた五人の中の一人が、
「えっ」
と、小さく驚きの声を挙げました。
 それを小耳にしたベスは、心の中で、「いやなやつ」と毒づきました。なぜ彼が、驚きの声を上げたか、その理由がわかったからです。顔のやけどやあざを見て、きっと、醜いと思ったはず。
 怒鳴りつけたい気持ちをこらえると、いねむり山で働いている人たちの顔を思い浮かべて、
「こちらの方たちが、とてもいい話を持ってきてくださったのです」
 ベスは、要領よく計画のことを話して行きました。
「株式会社にすれば、簡単にお金を集めることができるのですよ。そうすれば、ここが抱えている問題も、簡単に解決できるのよ」
 ベスはすぐに賛成してくれるものと思っていたのに、あざに手をあてたまま、ギルは考え込んでしまいました。
 長く考えた末に、たった一言、
「株式会社にするのには反対です」
というと、ギルはまただまりこんでしまいました。
 ヘリコプターでやってきた男たちが、次から次へと、ギルの説得にかかりました。でも、ギルはだまったまま、じっと話に耳を傾けるだけで、反論も質問もしません。
 一時間がたっても、
「だめなものはだめです」
 二時間たっても、
「だめです」
 三時間説得しても、ギルはがんこにウンといいません。
 世間知らずなところはありますが、決して、ギルは馬鹿ではありません。
「どうしてダメなのか、その理由を教えてください」
 男たちが執拗に聞き出そうとするのを見ていて、ベスは、そのあさましい姿にうんざりしてきました。そして、この人たちが善意できているのではないことが、わかってきました。
「いいかげんにしてください。わたしも、はじめは株式会社にするのに賛成でしたが、いまは、反対です。もう、帰ってください」
 ベスは、魔法で男たちを浮き上がらせると、窓から外へ放り出しました。放り出された男たちは、
「こんなことして、タダですむと思うなよ。ここの本当の秘密を、すぐにあばいてやるからな」
「おれたちを敵に回した恐ろしさを思い知らせてやる」
などと、口々にいいつのりながら、ヘリコプターにのって行ってしまいました。

 男たちが去ると、ギルが、
「実は、みんなと相談したいことがあるんだ。この山で働いている人たちを集めってもらえないかな」
と、いいました。
 ギルがそんなことをいうのは、とても珍しいことでした。
「どんな話をするつもりなの」
「株式会社をことわった件を、ぼくの口から説明しようと思うんだ」
 ベスが見ぬけなかったあの人たちの本性。ギルには、そういうものを見抜く、不思議な才能があるようなのです。直接、ギルの口から、なぜ、ことわったのか、説明してもらった方がいいような気がしましたので、ベスは、言われたとおりに、みんなに集まってもらうことにしました。
 ギルは、しゃべりだしました。
「もう、みんなの耳にもはいっていると思いますが、株式会社にしませんか、という話がきました。わたしは、その話を断りました」
 聞いている人たちの間で、あーあ、とため息がこぼれました。
 ギルは、話を続けました。
「もうひとつ、お話があります。私は株式会社を作りたいと思います。ここで働いている人たちがお金を出し合うという形で、やりたいと思っています。
 そうすれば、この山は、ぼくのものでなく、みんなのものになるのです。みんなのものになれば、ぼくのお父さんとお母さんが残してくれたこの山を、みんなが守ることになるのです。ぼくは、それをのぞんでます。
 みんな、家計が苦しいのはわかっています。どうか、ベスの力になってあげてください。よろしくお願いします」
そういって、ギルがみんなにお願いをしました。

 半年後、株式会社いねむり帽子ができました。株主総会で株主が選んだのは、社長がベスで、副社長がクリスでした。


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by spanky2011th | 2012-07-12 18:16 | 中編 ありきたりな魔法の話