ありきたりな魔法の話  第四章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら



第四章 へんなペット
「ママ、どうしてハチはよくて、ミミズはペットにしちゃいけないの?」
 二人目の子供アイリも、ちょっと変わった子でした。揺りかごをおりたころから、ダンゴムシやゲジゲジなど、土の中の生き物にやたらと興味をもったのです。
 いくら魔法薬の調合のときには、そういうものは必要だといっても、ふだんから見たい生き物ではありません。
これが、長男が大好きなハチのような生き物なら、黄色と黒のしましまがきれいだから、ペットにしたいという気持ちも理解できます。
「黒ネコやフクロウ、蛇、ネズミ、毒グモの方が、魔女らしくていいんじゃないかしら」
「そんなのじゃつまんないよ。ミミズがいいの」
「ミミズがペットにできるわけないでしょ。だめなものはだめ。そんなことより、ほうきには乗れるようになったの。自転車と同じで、いま、覚えてしまえば、一生、忘れることがないのよ」
「いーだ。ママのいじわる。遠くに行くなら、飛行機にのれば寒くないし、電車や自動車に乗せてもらう手もあるでしょ」
 アイリは憎まれ口をたたくと、走ってどこかへ行ってしまいました。
 ギルが心配していた呪いは、ありませんでした。それどころか、ベスが心配していた病気も、発症しませんでした。
 母親がかかって亡くなった病は、魔女特有の遺伝的なもので、母から娘へ、かなり高い確率で遺伝するものでした。魔力をもつ子供を産むと、母親の魔力が弱まり、抵抗力がなくなって発症するというものでした。
でも、とんでもなく大きなものに守られているような気がしていたので、ベスは安心して二人目の子供も産みました。
 そして、その病も発症もせずに、今日まで来ました。ここまで大丈夫なら、もう安心です。
 ベスは、ほんとうに、自分は幸運に恵まれていると思いました。幸せすぎて、こわいくらいでした。
 ギルを悩まし続けてきたあの発作のともなう悪夢も、いまでは、めったにあらわれません。
 ギルから両親を奪い、ギルに大やけどを負わせた山火事の夢だということは、なんとなくわかりましたが、くわしく聞いたことはありません。

 いねむり山はブドウ園にならずに、いまは、いろいろな果樹や草花が生えている雑木林になっていました。専門用語で混植というそうですが、果樹園が一つの病気の流行で全滅するようなことはありません。
 山のところどころには、風力発電所も作られました。
 宅配箒の会社のように、あからさまに嫌がらせをしてくるところもありました。悪い評判を立てられたこともありました。森に火を放たれたこともありました。
 とくに、宅配箒がいやがらせをしてきたときには、ほんとうに困ってしまいました。注文はたくさんありました。でも届ける方法がなかったです。
 そして、いねむり山の商品そっくりの商品を売りに出すといういやがらせもされました。
 でも、山ブドウが少しずつ成長していくように、ベスたちの会社は少しずつ、少しずつ大きくなっていきました。
山の近くに住む人たちも、自分の果樹園や畑、庭を雑木林にして、山ブドウを植えだしました。まるで、山の森が、周りを飲み込んでいくみたいに、森はどんどんひろがっていったのです。
 そして、だれいうともなく、その一帯を「いねむりの森」と呼ぶようになっていました。
 いねむりの森には、金属で作られた高架歩道がつくられ、季節季節のくだものや花やきのこや木の実が収穫され、欲しいという人の所へ届けられていきます。
 いずれもたくさんはとれません。しかし、とてもおいしいのでした。どれも、無農薬で、安心して食べれるものばかりでした。
 さらに、息子が趣味で始めた養蜂がすばらしくおいしい蜂蜜をもたらしてくれ、いまでは株式会社の大事な収入源になっていました。
「もし、あの時、あの人たちの誘いにのっていたら……」
 それを思うと、ベスは、ときどき、ぞっとします。
 あの会社は、利益のためには平気で、どんなことでもするからです。事実、宅配箒は、配達の仕事をしていた人をほとんど失業者にしてしまったので、社会的な大問題になったくらいです。
「社長、いねむりの森ツアーの計画ができましたので、目を通していただけないでしょうか」
 赤ん坊を載せた空中ゆりかごのひもを引っ張りながら、ルルがやってきて、いいました。
 ルルは、クリスと結婚し、子供もできて、幸せそうです。
「安全は大丈夫ですね。遊歩道から落ちてもだいしょうぶなように、毒ヘビのいないコースを選んでいますよね」
「ええ。もちろんです。ガイドさんも、しっかり選んであります」
「わかりました。もう少し、森の様子を見てから、もどります」
 ベスは社長とはいえ、けっしてぜいたくな暮らしはしていません。
それは、社長ですから、ほかの人よりは多くはもらっていますが、ほとんどが、ギルの次の魔法品の研究費に消えていってしまうのでした。
 でも、ベスは満足でした。このいねむりの森でよろこんで仕事をして生活している人たちや、いねむりの森の製品をよろこんでくれる人たちがいる。この事実だけでも、十分でした。

 森というのは、ふしぎです。いろいろな生き物が雑然として、それでいて絶妙なバランスをとって生きているのです。そんなことを思いながら歩いていると、
「社長、家に戻ってください。大変なことになっていますよ」
 赤ん坊を空に浮かせて、あわてて走りこんできたルルがそういったので、ほうきをつかむと、
「ルル、いそいで、のりなさい」
ベスはルルをのせると、ゆっくりと箒を浮かせていき、森の上にでました。
 上空から見るいねむりの森は、どこも緑ゆたかで、木々の間からニョキッと風力発電所のポールがでています。ブーン、ブーンと音を立てて回る大きな白い羽根も、とてもきれいだと思うのでした。
「どうしたのですか?」
「お嬢さんが、家の中を、とんでもない匂いでいっぱいにしてしまっているのです」
 ケガでもしたのかと思ったので、ややホッとしました。
「どんな匂いなんですか?」
「とても、生臭くて、とにかくひどいにおいで、あたりにいる人がみんな逃げ出してしまってたくらいの匂いなのです」
 家が近付いてくると、たしかにひどい匂いが立ち込めていました。
 中に入ると、二階のこども部屋から、アイリの泣き声が聞こえてきました。
 ベスは吐き気をこらえながら、二階へのぼっていきました。
 アイリの部屋には、大きな釜がおいてあり、その前で、どろんこだらけのアイリが、
「わたしのミミズちゃんたちがみんな死んじゃったあ」
と、泣きわめいていました。
 ミミズちゃんたち?
 ベスにも、なにが起きたか、すぐに理解しました。
 ベスは窓を開けて中にこもっている匂いを外に出しましたが、とにかくひどい匂いで、クラクラと目まいがするほど。
 ベスは、杖をふるうと、大量の泥水とミミズの死骸を中に入れている釜を浮かせると、窓から外へだしました。
「アイリ。ダメっていったでしょ。どうして、ミミズなんてペットにしたいの?」
「だって、お兄ちゃんは、ハチをペットにしているじゃないの。どうして、アイリはペットをもっちゃいけないの」
 アイリは泣きながら、自分の意見を主張します。
「だから、ミミズではなく、黒ネコとか、フクロウとか、他の生き物にしなさい」
「やだもん。やだもん。どうして、ミミズじゃいけないの」
 タダをこねているアイリに手を焼いていると、
「このひどい匂いは、いったい、どうしたというのだ」
 新魔法の開発に没頭しているギルが、顔を出しました。
「あなた。アイリを叱ってください。わがままをいってきかないのです」
「ところで、アイリ。いったい、どうしたというのだ」
「ペットにしようとしたミミズちゃんたちが、みんな、死んじゃったの。釜の泥水に移し替えたら、みんな、死んじゃったの」
 アイリのその答えを聞いたとたん、すさまじい剣幕で、
「こら、アイリ。なんてことをしたんだ。それは、死んだのではなく、お前が殺したんだ。ミミズたちは、何ひとつ悪いこともしてないのに、お前が殺してしまったのだぞ」
 死んだのではなく、殺してしまったと聞いて、アイリはびっくりし、それから、すさまじい声で大泣きを始めました。
 アイリは泣いて、泣いて、泣き続け、涙が枯れはて、疲れ果てた時、
「埋めてあげよう、アイリ」
 ギルとアイリは、大きくて深い穴を掘ると、その中にミミズたちを流し込み、その上に土をかぶせました。
「ごめんなさい、ミミズさんたち。本当にごめんなさい」
 そうあやまるアイリに、ギルが、
「もう二度と、飼い方がわからないのに、生き物をペットにしようとするんじゃないぞ」
と、注意しています。
「うん、わかりました。飼い方がわかるまで、もう、二度と、ミミズをペットにしません」
「よし、いい子だ」
 それを聞いて、ベスはおどろきました。
「あなた、なにをいってるの。ミミズがペットになるわけ、ないじゃないですか」
「えっ、そうなのかい。ペットになるかもしれないじゃないか」
「なりません。それに、どんな役にたつというのですか」
「そんなこと、やってみなくてはわからないではないですか」
「あなたは、ペットなんて飼ったことがないから、わからないのです」
「ベス。いままで内緒にしていたけど、ぼくはペットを飼っているんだ。君が気味悪がるだろうから、ずっと秘密にしていたんだ。ごめんなさい」
 ギルのことはなんでも知っているつもりでしたから、ベスは非常におどろきました。それにしても、結婚してからいままで秘密にできるペットなんているのでしょうか。
「あなた、本当なの? 本当なら、教えて」
「君、気味悪がらない?」
「ええ、気味悪がりません」
「捨てなさい、なんていわない?」
「いいません。だから、教えて」
「わかりました。おどろかないでね」
 そういうと、ギルは顔の赤いあざに手をやると、ゆっくりとあざをはがしました。あざの下から、ただれた皮膚が出てきました。それから、また、元の場所にもどしました。
「この森のどこかにいたコケかカビの一種だと思うんだけど、山火事で大やけどをしたぼくの皮膚にすみついて、ヒリヒリする痛みをやわらげくれたんだ。
 それだけじゃない。悪いことが起きそうなとき、これはおびえるんだ。ずっと前のことだけど、宅配箒が株式会社をつくらないかといってきたとき、ぼくが反対したことがあるね。本当のことをいうと、ぼくもすごいアイデアだと思って賛成だったんだけど、これがおびえて、おびえて、悪いことが起きそうだと教えてくれたんだ」
 ベスは、あざに手を当てていたギルの姿を思い出しました。そして、それといっしょに、はじめて会った時にも、ベスからプロポーズしたときにも、あざに手をあてていたことを思い出しました。
「あなた。まさか、あざに結婚を決めてもらったわけじゃないでしょうね」
「それはちがうよ。これは君をこわがっていたんだ。きみはきれいだから、見た目がみにくいものの気持ちを理解できないからね。もし、これが君の顔にできたら、君は迷うことなく、これを取って捨ててしまうだろう。皮膚からはがされたら、これは死んでしまうんだ。たぶん、この世でいちばんか弱くて、いちばん臆病な生き物だから、悪いことが起きそうなときに、ひどくおびえるんだ。そして、このぼくに逃げ出せ、っておしえてくれるのさ」
 一生けん命弁解するギルを見ていたら、ベスは笑いだしたくなりました。それをこらえると、
「まったく、あなたときたら、へんなんだから。ありもしない呪いにおびえたり、あなたの大事にしているペットをわたしが捨てると思ったり。さあ、ウソかどうか、ためしてみましょう」
 そういうと、ベスは、ギルのあざのあるほほに、自分のほほをくっつけました。

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by spanky2011th | 2012-07-12 18:19 | 中編 ありきたりな魔法の話