カテゴリ:長編童話 ふかひれスープの冒険( 13 )

ふかひれスープの冒険(13 最終回)

   13
 茂津さんが中心になって、船のあちこちをしらべました。
 藤壺さんだけは、料理をつくるため、船室に残っていますが、あとは、みんな、ロープで折れた柱をしばったり、くいちぎられたところに物をつめこんだりと、大いそがしです。
 でも、あちこちが食いちぎられていましたが、沈没する恐れがないことがわかったので、一安心でした。
「そろそろ、かえるとしますか」
 田西さんは、パイプを口にくわえると、火をつけなおして、
「おもかじいっぱい」
と、かじを右にまわしました。
 タタタッ、ガタッ、タタタッ、ガタッ。
 イタチザメが体当たりをくらわせたため、スクリューの軸が少し曲がってしまったみたいです。いつもの心地好い音はしません。
 このスピードだと、港に帰れるのは、真夜中になりそうです。
 太陽が、西にかたむきかけています。
 バタバタバタ。バタバタバタ。
 とおくからヘリコプターのさわがしい音がしました。そして、拡声器で、
「そこの船、とまりなさい」
と、よびかけられました。
「いったい、どういうわけだろう」
と思いながら、田西さんはエンジンをとめました。
 ふかひれをとったことが、法律にふれるのでしょうか。でも、正確には、ふかひれは取ったというよりも、拾い上げたのです。思いあたることがありません。
 コンチキ2号のま上にヘリコプターがやってきました。
 ヘリコプターは海上保安庁のものでした。そして、スルスルとなわばしごがのびてきて、デッキに制服姿の人がおりてきました。
 その人は、なわばしごにぶらさがりながら、なにか、大声でどなっているようですが、ヘリコプターの音にかき消されて、なにをいっているのか、よくわかりません。
 デッキにおりたつと、その人は、
「こらっ、けしからんではないか! 本官だけ、おいていくとは、なんということだ」
と、どなりました。
 幼なじみで、クルージング仲間の桑形さんでした。これで、コンチキ2号の乗りくみ員がぜんいんそろったわけです。
 桑形さんは口ではおこっていますが、コンチキ2号のメンバーに会えて、うれしそうです。
 警察の仕事をおえて、知り合いの海上保安庁の人にたのんで、見回りのヘリコプターに乗せてもらってきたのです。
 ヘリコプターがいってしまうと、
「おい。ところで、そろそろ夕めしの時間だろう。今夜のおかずはなんだ」
と、桑形さんがたずねたので、デッキにいた人たちは口をそろえ、
「ふかひれスープ!」
と、こたえました。
「それはすごい!」
 くいしんぼうの桑形さんがあわてて船室に入っていったので、ほかの人たちも、あわてて、船室にかけこんでいきました。のこらず飲まれてしまってはたいへんだからです。
「おい。こら。まだか」
「藤壺さん。おなかがすいたよー」
「ペコペコで死にそうっスよ」
「胃袋が栄養を補給したがっています」
「てやんでえ、さっさと、くわせろ」
「ワン、ワン」
 みんなは、たいへんな思いをして手にいれたふかひれが、藤壺さんのみごとな料理のうでで、みごとなスープに変身しているものとおもっていました。しぜんに、かおがほころんでしまいます。
 ところが、皮のはがされたふかひれは、船室の小さな流しで、金のボールで水につけてあるだけでした。
「みなさん、どうしたのですか?」
 みんながどやどやとやってきたので、藤壺さんはふりかえって、聞きました。
「こら、夕めしはまだできないのか」
 桑形さんが、おこった口調でいいました。
 すると、藤壺さんはおどろいたような声で、
「だって、きょうは、夕飯はみんな、家でたべることになっているのではないですか。わたしも、床伏さんちのスープを食べるつもりでいるのですよ」
と、答えたものだから、たいへんです。
「なにいってんだ。港には、とうぶん着かないぞ」
「はらぺこなんだ。なんか、くわせろよ」
 みんながいっせいにしゃべりだしたから、なにをいっているのかわからなくなって、藤壺さんは耳をふさいで、すわりこんでしまいました。
「みんな、だまれ!」
 茂津さんがとってもでっかい声でどなったので、みんな、シーンとしました。
「ふかひれスープはまだできないっスか」
 茂津さんが、みんなを代表してたずねました。
「ええ。いま、つくっているところですが、まだ、とうぶんはできないですね」
「おい、とうぶんって、どのくらいだ。三分後か、それとも十分後か」
 こんどは、桑形さんがききました。
「そうですねー、いま、ふかひれの血ぬきをしているところで、それがすんだら、太陽の日にたっぷりあてなくてはいけませんから、そうですね、早くて、あと、三、四か月くらいですかね」
 藤壺さんの返事をきいたみんなの顔から、ほほえみが消えました。
「うへっ。そんなの、ちっとも早くないじゃんか」
 安光さんは、藤壺さんの気の長さにあきれていいました。
「そうだっ! 非常食があったろ」
 桑形さんがどなりました。
「それがないのです……」
 矢古さんが申しわけなさそうに、答えました。
「なにっ! おれはゆうめしに間に合うように、すっとんできたんだぞ。どうしてくれるんだ」
 桑形さんがプリプリおこっています。
「ということは、この船にはふかひれがあるだけなのか!」
 みんなに取り囲まれた藤壺さんは、
「だめです。できるまで、待ってください」
と、小さな流しの前に立ちました。ふかひれを守ろうというのです。
「そんなに待てないよー。はらぺこで、死にそうだ」
と、いったのはひろしです。
「ふかひれには、毒はないから、さしみにして食べたらどうですか」
 矢古さんも、すぐたべるのに賛成です。
 みんなが藤壺さんににじりよったので、
「だめです。そんなの、いけません」
 藤壺さんは、流しのふかひれの上に、身をのせました。
「ええい。やっちゃえ」
 ふかひれを守ろうとしている藤壺さんに、みんなはいっせいにとびかかりました。
「だめです。まだ、たべられません」
「うるさい。よこせ」
「ワン、ワワン」
「はらぺこで、いらいらしてるっスよ」
「てやんでえ、どきやがれ」
「パパの分も、とっといてよ」
 サメよりも、コンチキ2号の乗り組み員の方が、きょうぼうかも知れません。
                                             (おわり)



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by spanky2011th | 2011-10-23 12:25 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(12)

         12
 ホホジロザメは、たたみ4枚分のも、6枚分のも、ふたたび、浮かんでくることはありませんでした。
 きっと、どちらかが、どちらかを殺し、そして、満腹になるまで食べてしまったのでしょう。たたみ6枚分が、勝ったにちがいありませんが、たしかなことはわかりません。
「どうです。船長。作戦どおり、わたしたちは、助かったみたいですよ」
 矢古さんが得意そうにいいました。
「矢古さんのおかげです……」
 そうじゅう席にもたれかかっている田西さんは、もっと、なにかいおうとしましたが、なにをいったらいいのかわからなかったので、だまってしまいました。
 だまってしまうと、疲れが、またおそってきました。ひろしを守るために死に物狂いになって戦っていた自分がウソのように思えました。どこに、あんな力があったのでしょう。どこに、あんな勇気があったのでしょう。
 そして、なぜか、サメのことばかりが、頭に浮かんでくるのでした。
 人間が生まれるずっとむかしから、食うか食われるかのおきての中で生きぬいてきたサメたち。たしかに、サメの中には、人をおそうものもいますが、それは、あくまでも自然のおきてにしたがっているだけです。悪意があるわけでもないし、殺しを楽しんでいるわけでもありません。
 生きていくために、子孫を残すために、命をかけて食べるのです。

 あんなにこわい思いをしたのに、なぜか、田西さんは、サメをうらむ気にはなりませんでした。それどころか、生きていくために、子孫を残すために、死にものぐるいになって食べるサメが、とても、すばらしい生き物のように思えました。
 神さまとか、仏さまとかは信じていない田西さんですが、「生きていこう」というすさまじいまでのサメの生命力に、ふしぎな感動をおぼえていました。
 それに、戦いやぶれて死んでいったサメだって、生きて、生きて、生き抜いていこうとして、死に物狂いになって戦い、そして、死んでいったのです。
「死んでいったサメのため、祈りをささげませんか」
 田西さんはそうつぶやくと、疲れたからだにムチうって、立ち上がりました。そして、白いぼうしをとると、胸に手をあて、目をつむりました。
 田西さんの思いは、ほかの人にも伝わったのでしょう。矢古さん、
藤壺さん、安光さん、ひろしも、同じように、胸に手をあて、目をつむりました。
 犬のボランも、まねて、胸に前足を当てようとしましたが、どうしても、「お手」のポーズにしかなりません。でも、気持ちは、あらわれていました。
「それにしても、大きなサメでしたね」
 矢古さんが、となりの安光さんに話しかけました。
「最初のは七メートルくらいでしたが、つぎにきたのは、十メートル以上はありましたね。いままでにつかまったホホジロザメで一番大きかったのは、全長6・4メートルのやつで、ちょっと疑わしいのでアゾレス諸島でつかまった9メートルというのがあります。ですから、どちらかでもつかまえておけば、世界記録はまちがいなしでしたね」
 観察が大好きな矢古さんだけあって、見ただけで、2匹のサメの大きさを、ほぼ正確につかんでいました。
 ところが、安光さんは、つりざおをふりまわし、こうふんぎみに、
「なにいってんでえ。最初のは十メートルはあったし、次のは二十メートルはあったぞ」
と、いいだしました。
 にがしたさかなは大きいといっても、安光さんがいうのは大きすぎます。
「そんなにはありませんでしたよ」
「てやんでえ、ぜったいにあった。魚のことに関しては、この安光さまが一番くわしいんだぞ」
 ふたりのはげしいいいあいがはじまりました。
 すると、とつぜん、
「あっ、ふかひれだっ!」
 藤壺さんが、しずかになった海をゆびさしました。でっかいふかひれが、波のまにまにただよっていたのです。
「よしきた。まかせなさい」
 手ばやく投げざおを用意すると、安光さんはヤッとかけ声とともに、ふかひれめがけて、おもりをなげました。
「ナイス・ショット!」
 安光さんの投げたおもりがふかひれにあたり、はりがひっかかりました。
「うわーい。ふかひれスープがこれでつくれるぞ」
 藤壺さんがうれしそうに、ピョンピョンとびはねました。
「藤壺さん、とびはねるの、やめてください」 
あわてて、やせっぽちの矢古さんが、せい高のっぽの藤壺さんを、おさえつけました。
「その音をきいて、えものだと思ってサメがやってくるのです。藤壺さんの足で船をたたく音をきいて、はじめのサメはやってきたのだし、つぎのサメも……」
 長々と矢古さんの解説がはじめようとしたので、
「さあて、ふかひれスープをつくろうっと」
と、藤壺さんは、つりあげたふかひれをひっつかむと、にげるように船室にいってしまいました。
「ダメですよ、藤壺さん。きちょうな証拠ですから、スープなんかに、しないでください。そのふかひれから、あのサメの大きさを計算しますから、待ってください」
 矢古さんは、藤壺さんを追いかけて、船室に行ってしまいました。

 ふたりのようすをニコニコほほえみながら見ていた田西さんは、
「安光さん、すみませんが、茂津さんを起こしてきてください。あちこち、食いあらされてしまっているので、大急ぎで、なおしてもらわなくてはなりませんから」
と、たのみました。
「がってんだ」

                  (つづく)

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by spanky2011th | 2011-10-18 18:31 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

フカヒレスープの冒険(11)

         11
 ウインチをのみこんだ大ザメは、まずそうにゲップをすると、からだをゆすり、海にもどっていきました。
 でも、ようすが、どこか変です。
 あれほど、しつこくこうげきしていたのに、こうげきをしかけてくるようすがありません。それどころか、コンチキ2号の方に向きをかえようとするのですが、向くことができないでいるようなのです。
 それも、そのはずです。
 ウインチを飲み込んでしまったため、最初にきたあのサメと、鉄のチェーンでつながってしまっているからです。
「もう、だいじょうぶですよ。ロープ、ほどいてください。ちょっと、失礼」
 矢古さんはそういうと、マストのところへいきました。
 田西さんは、モップを両手にかかえ、まだ、海の大ザメをにらみつけています。
「船長、もう、だいじょうぶです。たすかりましたよ」
 矢古さんがそう声をかけたとたんです。田西さんは、モップをカタンと落とし、からだから力がぬけてしまいました。まるで海から出たクラゲです。
 でも、気力だけはのこっているみたいで、
「ひろしはだいじょうぶですか? 」
と、真っ先にたずねました。
 矢古さんは、
「ひろしくん、ひろしくん」
 ぐっすりねこんでしまっているみたいなひろしをゆすりました。それから、ほほをパチパチタたたくと、
「う、うーん」
 気を失っていたひろしが、ゆっくり目をあけました。
「船長、ひろしくんはぶじです。のりくみ員もみんなぶじです」
「そうですか。それはよかった」
 田西さんはそうつぶやくと、
「う、うーん」
と、こんどは田西さんが気を失ってしまいました。あのすさまじい戦いで、田西さんは、体力も気力も使いはたしてしまっていたからです。
「パパ、パパ」
 パパが死んでしまったものと勘ちがいして、ひろしが気がくるったみたいに、田西さんのからだをゆすりだしました。
 ひろしは、気を失っていたので、なにがどうなっているのかわからなかったのです。
「ひろしくん、船長はだいじょうぶですよ。それより、ロープをほどいてあげましょう」
 矢古さんとひろしは、船長をひきずるように、デッキへつれていきました。
「矢古さん、これを飲ましてあげてください」
 船室から水を取ってきた藤壺さんが、いいました。
 飲ますと、
「ううーん」
と、田西さんは気を取り戻しましたが、疲れはてているため、起き上がれません。
「矢古さん。サメはどうなりましたか」
「船長、見てください」
 矢古さんが指差したところでは、二匹のサメが、じっと、たがいをにらみあっていました。
 いかりをのみこんだサメは、ウインチをのみこんだサメに引っぱられて、海上に浮かんできていたのです。といっても、正確には、サメが引っぱったわけではなくて、チェーンがどんどん短くなって、引っぱり上げられたわけですが……。
 たたみ4枚分のサメは、たたみ6枚分のサメを見ると、おびえて、
はじめは、海からジャンプし、からだをはげしくゆすっていました。
チェーンを力まかせに切ろうとしたのです。でも、切れないとわかると、かくごを決めたとみえて、もう、あがこうとはしませんでした。
 一方、たたみ6枚分のサメの方も、たたみ4枚分のサメを目にするまでは、コンチキ2号の方に向きをかえようともがいていました。でも、たたみ4枚分を見てからは、たいどがガラリと変わりました。
 ちょうと、田西さんたちは、サメが相手の出方をお互いにさぐりあっているところを、目にしたのです。
 はじめに動いたのは、6枚分です。
 流水型のからだをくねらせたかと思うと、スイーッと4枚分の方に進みました。
 それを見た4枚分も、からだをくねらせ、6枚分めがけて、泳ぎ出しました。
 ドスン。
 二匹のサメが、とんがった頭と頭とで、ぶつかりました。ぶつかったかと思うと、こんどは、大口をあけて、相手の大口に、ガブリ、ガブリと、かじりはじめました。
 その戦いの、すさまじいの、すさまじくないのって!
 一匹が相手のわきばらにかみついたかと思うと、相手のサメが尾びれにかみつきかえします。
 一匹が尾びれで相手のからだをたたくと、もう一匹も、倍がえしで、ビチビチとたたきかえします。
 二匹がすさまじい戦いをやっているところは、ボコボコと波がうずまき、あたりには、しぶきがまいあがりだしました。
 太陽の光がそのしぶきに当たるので、くっきりと七色のにじがかかっていました。
 6枚分のサメが白いおなかを見せて、にじの橋めがけて、大きくジャンプしました。そして、橋をとびこえると、大きな口をめいっぱい開き、もう一匹の首すじめがけて落ちていきました。
 ガブリ。
 二匹は、落ちてきた勢いで、そのまま、海の中にもぐっていきました。
 ボコボコ。ボコボコ。
 まだ、はげしいたたかいをしているのでしょう。海の中から、ボコボコ、ボコボコとあわが浮かんできます。
 ボコボコいっていたあわが、小さくなって、ポコポコになりました。そして、それが、やがて、プチプチになったかと思うと、あわが浮かんでこなくなりました。
 戦いはおわったみたいです。       (つづく)


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by spanky2011th | 2011-10-04 19:31 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(10)

        10
 ドスン。         ガリッ。
    ガチッ。     「おっとと」
  ドスン。
    「おりゃあ」
       バシャン。
   ボコン。
 グサッ。       「食らえ」
 ガブリ。
             ドスン。
     「まだまだ」
 バキン。
         ガブリ。
   「死ねえ」
 長考中の矢古さんの耳には、ずうっと、にぶくて大きな音と、はげしいどなり声とが、聞こえていました。
 でも、それがなんだか、よくわかっていません。いつものことなのです。いちど、長考にはいってしまったら、地しんが起きようが、かみなりが落ちようが、気にならないのです。
 ところが、この日の矢古さんには、その音がのどにつっかかった魚の骨みたいに、チクチク気になってしようがなかったのです。
 とくに、ドスン、ドスンという、にぶくて大きな音が……。
「そうか! そういうことだったのか!」
 いきなりさけんだ矢古さんのメガネのおくの目が、キラリと光っています。
 どうして、ドスン、ドスンという、にぶくて大きな音がこんなに気になるのか考えていたら、矢古さんのあたまに、ピカッとひらめくものがあったのです。
 「考える人」のポーズのまま、そうじゅう席にころがっていた矢古さんが、ピクリとうごきました。そして、そのつぎに、ゾンビみたいにムックリとおきあがりました。
「船長、わかりましたよ」
 そうじゅう席を見ても、船長はいません。
 サメのこうげきは、まだつづいているようで、船がはげしくゆれています。
 船室ものぞいてみましたが、気を失っている茂津さんのほかにはだれもいません。
「あれほど、船室から、出てはいけないといわれてたのに……」
 矢古さんは、ブツブツひとりごとをいいながら、そうじゅう席から、顔だけ、外にだしました。
 すぐそばに、藤壺さんと安光さんがいました。ふたりは、からだをひねっていて、つりざおとフライパンをふりまわしています。
「そんなところで、なにしているのですか」
 長考にはいっていたので、矢古さんは、あれからどうなったのか、ちっとも知らなかったのです。
「この、うすらとんかち。船長がてえへんなんだ」
 安光さんにどやしつけられて、矢古さんは船の前の方に目をやりました。
 なんということでしょう。
 田西さんが、船に身をのりあげた大ザメと、必死にたたかっている真っ最中です。
 大ザメは、大口でガブリ、ガブリと、田西さんの足を食いちぎろうとしていて、田西さんは、
「おりゃあ」
「まだまだ」
「死ねっ」
 かけ声とともに、すばやく、サメのとんがった鼻っつらをけっとばし、目をねらってモップをつきおろしています。
 田西さんのたたかい方ときたら、大ザメにまけていません。
 窮鼠猫をかむ(おいつめられたネズミが逆にネコをかむという意味)、火事場の馬鹿力(火事になって、思いもしなかった馬鹿力で重い物をもちあげてしまうという意味)、鬼神がのりうつった(鬼か神さまがとりついた)ということわざがありますが、まさに、このときの田西さんがそうです。
 そうじゅう席の窓ごしに見ていると、まるで、映画を見ているみたいです。
「船長、わかりましたよ」
 矢古さんが大声でさけんでも、死にものぐるいでたたかっている田西さんには、聞こえていません。
 田西さんの目は、大ザメにくぎづけになっていて、
「さあ、たたきつぶしてやる」
と、大ザメにむかってどなっています。
 大ザメは、息が苦しくなってきたのでしょう。からだをゆすりながら、船から海に戻りだしました。
 でも、まだ、あきらめません。
 海を泳ぎまわって、たっぷり酸素をエラで吸い込むと、ふたたび、大ザメがこうげきの態勢にはいりました。
 サメが、マストの田西さん親子にむかって、泳ぎだしました。
 それを見た矢古さんは、
「おっと、これは本物だったんだ」
 あわてて、デッキの外にとび出すと、なにを考えているのか、船の後ろのいかり用ウインチのところにスクッと立ちました。
 そして、
「おーい。ばかザメ、こっちだ、こっち」
 矢古さんは、ピョン、ピョンとびはね、足でドン、ドンとデッキを踏み鳴らしだしたのです。
「矢古さん、もどってください。あぶないですよ」
 藤壺さんがさけびましたが、矢古さんはやめようとしません。それどころか、思いつくかぎりの悪口を、大ザメにあびせかけだしたのです。
「ばーか、かーば、ちんどんや、お前のかあさん、でべそ」
「やーい、しょんべんたれ。お前の肉は、くさいぞ」
「あほんだらの、大まぬけの、こんこんちき。お前ののうみそ、ぬかみそだ」
 サメに、矢古さんの言葉がわかったのでしょうか。田西さん親子めがけて突進していた大ザメが、向きをかえました。そして、まるで、フリースビーみたいに大きく曲がると、矢古さんの方に突き進んでいきます。
「矢古さん、あぶないですよ。にげてください」
「なにやってんだ。早く、にげやがれ」
 藤壺さんと安光さんは、とびついて助けだそうとしましたが、からだを結びつけているので動くことができません。
 矢古さんの悪口は、これが学校の先生のいうことかと思うほど、どんどん品がなく、とても、ここには書けないようなものになっていきました。
 そして、ドンドン踏み鳴らすデッキの音も、はげしくなっていきました。
 3メートル、2メートル、1メートル……。
「矢古さん、にげてくださーい!」
 いのるような気持ちでさけんだのに、なにを思ったのか、矢古さんはその場にすわりこみました。
「うわあ。食われちまう」
 安光さんと藤壺さんは、おもわず、目をつぶりました。
 ガブリ。ガリガリ。
 骨をかみくだくような、いやに音がしました。
 おそるおそる目をひらいたふたりの前に、矢古さんの顔がありました。そして、その顔がニヤリと笑いました。
「矢古さん!」
 生きていたのです。
「ああ。こわかった」
 矢古さんが、そういいました。それから、
「作戦どおりにいけば、これでたすかります」
と、ちょっと得意そうに、鼻をうごかしています。
 実は、大ザメにくいつかれそうになったとき、矢古さんはすばやくいかりのウインチのスイッチを押し、サッとうしろにとびのいていたのです。
 ガリガリ。
 見ると、海から上半身をだしている大ザメが、ウインチのあるデッキに、かじりついています。
 ゴクリ。ガリガリ。
 そして、からだをはげしくゆすって、ウインチをかじりとりと、飲み込んでしまいました。
「これで、99パーセント、作戦は成功です」 
 矢古さんが自信たっぷりにいいましたが、安光さんと藤壺さんには、どうして、これが「作戦成功」なのか、わかっていません。
「まあ、見ていてください」
                                                    (つづく)



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by spanky2011th | 2011-09-18 09:37 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(9)

        9
 あたらしく来たサメの三角形の背びれは、すごいスピードで、コンチキ2号にまっすく近づいてきます。
 「死のおどり」をおどりくるっていたイタチザメたちが、おどりをやめました。なにか、あわてふためくように、反対方向にもうスピードでにげていきます。
 それまで船をこうげきしていたホホジロザメが、いきなり、コンチキ2号をひっぱりだしました。あわてふためていて、にげようとしているみたいですが、チェーンでつながれているため、にげられないでいるみたいです。
 どうやら、サメにもおそれられているサメが来たようです。
「矢古さん、まだですか」
 田西さんは、ムダだとは知っていましたが、長考中の矢古さんに声をかけました。
 思ったとおり、返事はありません。
「茂津さん、きてください」
 田西さんは、こんどは、船室にむかって、大声でどなりました。
「茂津さんは、いま、気を失ってしまっています。手つだうことがあったら、手つだいますけど……」
 生きるか死ぬかの場面だというのに、間のびした声とともに、藤壺さんが、船室から顔をだしました。
 こんなときにたよりになるのは茂津さんと、今回の航海にはいないけど、けいさつ官の桑形さんだけです。藤壺さんでは、のんびりしすぎていて、こんなときには、まったくたよりにならないのです。
「藤壺さんは中にいてください」
 気を悪くしないように、田西さんは、ていねいにいいました。
「でも、なにか、やらせてください」
「それでは、ひろしのそばにいてください」 
        ドスン。       ガリガリ。
 すさまじい音とともに、船が大きくゆれました。
「うひゃあ」
 藤壺さんは、なさけない声をあげて、そうじゅう席と船室とのさかいのところで、もがきだしました。
「あーあ」
 田西さんは、ためいきをつきました。
 前を見ると、新しくきたホホジロザメがあたまを海からだして、コンチキ2号のふなべりに、ガップリかみついていました。
 その、大きいの、大きくないのって! たたみを6枚たてにならべたくらい(10・8メートル)あります。
 こんな大きなホホジロザメは、いままでに、見たこともなければ、聞いたこともありません。
 白いあごのまわりには、たくさんのきずあとがあります。
 きっとガブリとかみついたエサが、あばれたときに、ひっかいたり、かみついたりしてできたきずでしょう。
 そして、背びれのところには、折れたもりがささっていました。
 これまで、そうとうはげしい戦いをして、生き抜いてきたのでしょう。
 巨大ホホジロザメが、チラリと田西さんの方を見ました。なにを考えているのかわからない、ぶきみな目が、田西さんをじっとみつめました。
「おれは、はらぺこなんだ。ぜったい、くってやるぞ」
 サメが、そんなことをささやいた気がしました。
 そして、そのささやきにまじって、船室にいるひろしの
「パパ、こわいよー」
という声が、聞こえたような気がしました。
 こわさで腰がぬけそうになっていた田西さんの顔が、キリッとし、いかりで真っ赤になっていました。
「サメめ。ぜったい、生きのびてやるぞ」
と、どなりかえしました。
 サメがニヤッと笑ったような気がしました。 サメは、あたまを左右にふると、ミシミシと音をたてて、船の一部をくいちぎり、海へもどっていきました。
「矢古さん、じゃまだ」
 田西さんは、船室にかけこむと、そうじ用のモップにほうちょうをくくりつけ、外に飛び出しました。そして、こんどはマストに自分のからだをくくりつけました。
 手には、あわてて作ったもりをかかえています。
「サメめ。かかってこい! ひろしたちは私が守るのだ。」
 船の回りをゆっくり泳いでいるサメに、田西さんはいいはなちました。
 食うか、食われるかの、いのちをかけた戦い。
 それが自然のおきてとはいっても、まさか、自分がそういう戦いにのぞむはめになるとは、田西さんはちっとも思っていませんでした。
 エサを食べなくてはサメも死んでしまうかもしれませんが、田西さんにも、いのちをかけて守らなくてはならないものがあるのです。それは、宝物のひろしと、だいじに仲間です。
 どうしても、負けるわけにはいかないのです。
「パパ! ぼくも、戦う!」
 ひろしが、モップを持ってやってくると、マストに自分をくくりつけました。
 見ると、藤壺さんと安光さんも、デッキに出てきていて、そうじゅう席のところにからだをくくりつけています。
「いいか、ひろし。目をねらうんだぞ」
「うん。わかった」
 エサがわざわざ船のうえに出てきたと思ったのでしょう。サメが、円をえがいて泳ぐのをやめると、コンチキ2号に向かってきます。それも、田西さんとひろしに向かってです。
 サメが上半身を船にのりあげました。船は大きくかたむきました。からだをくくりつけていなかったら、とっくに海に転げ落ちていたでしょう。
 ガチリ。ガチリ。
 足元から、ぶきみな音がします。大口をあけて、田西さんたちふたりの足にかみ付こうとしているのです。
 きょりにして30センチほどたりないので、サメはくやしそうに、ガチリ、ガチリと歯をならすだけでした。
「これでも、くらえ」
 田西さんは、サメの目めがけて、モップのもりをつきおろしました。
 ガチッ。
 たしかにサメの目をねらったのですが、はげしい生存競争を生き抜いてきただけのことはあります。もりがつきおろされたしゅんかん、サメはあたまを少しずらしたので、ほうちょうは、かたいサメのはだにきずをつけただけでした。
「くそっ!」
 田西さんらしくないきたないことばが、田西さんの口からこぼれました。
 サメは、目をつぶされてはたいへんだとばかりに、あわてて海にもどっていきました。
 でも、あきらめたわけではありません。
 なぜならば、船からはなれたサメが、また、船の方に向きをかえたからです。
「ひろし、がんばれよ」
 田西さんは、はげまそうとして、となりのひろしに、声をかけました。
 返事がありません。
 田西さんがチラリと横を見ると、ひろしは気を失っていました。あまりのこわさのためでしょう。
 まるで、眠っているようです。
 その顔を見たら、田西さんのからだに、ふしぎな勇気があふれてきました。
「ぜったいに、子どもを守るぞ」
 それは、いのちをかけて子供をまもろうという、野生動物の本能です。
 サメがどんどん近づいてきます。
 こんどは、いっぱつで、二人の足に食らいつこうと考えているのでしょう。サメは、さっきよりスピードを出しています。
                                     (つづく)



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by spanky2011th | 2011-09-09 17:21 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(8)

        8
 いのちづなを腰にくくりつけた茂津さんは、そうじゅう席を出ると、デッキをはって、いかりのウインチににじりよっていきます。
 食べられるものはすべて食べつくしたとみえて、サメのこうげきがふたたび、はじまりました。
「茂津さん、しっかりにぎってますから、安心してください」
 いのちづなのはじをがっちりつかんでいる矢古さんが、茂津さんに声をかけました。
「てやんでえ。安光さまがついているから、安心してねえか」
 いのちづなを腰にまきつけている安光さんもいいました。
「安心しろ」「安心しろ」といっても、茂津さんは、ちっとも「安心」なんてしていられません。
 あのホホジロザメが船のわきに体当たりしてくるたびに、船はかたむき、茂津さんはデッキをゴロゴロころがるはめになるのです。そのうえ、うっかり、手や足を船べりから外に出そうものなら、イタチザメが海からとびだしてきて、ガブリとやろうとするのですから。
 ころがるたびに、安光さんと矢古さんがいのちづなを引っぱってくれていました。でも、生きた心地がしません。
 ウインチまで、きょりにして、3メートルくらいですが、その遠いことといったら、ありません。
 それでも、なんとか、ウインチにたどりついた茂津さんは、工具箱をあけ、金ノコで、鉄のチェーンをギコギコはじめました。
 からだを大の字にして、右手だけでギコギコやっているのですから、なかなか、切れません。
 ドスン。ホホジロザメが体当たりした反動で、工具箱が海に落ちて行きました。
「うわあ」
 茂津さんはあわてて、海に落ちようとする工具箱を左手でつかもうとしましたが、イタチザメがその手にむかって、とびかかってきたので、
「うわあ」
 茂津さんは、あわてて、手をひっ込めました。
 そんなようすを見ている安光さんと矢古さんも、はらはらのしどおしです。
 かじをとりつづけている田西さんにも、そのはらはらぶりが伝わってきて、手に汗がにじんできました。
「うわあ」
 こんどは、となりの安光さんと矢古さんが大声でさけんだので、田西さんは、ふりかえりました。
「うわあ」
 あのホホジロザメが、また、デッキに上半身をのりあげて、大口をパクパクされていたのです。
 田西さんたち三人は、死にものぐるいになって、いのちづなをひっぱりました。
「茂津さん、だいじょうぶですか」
と、さけびました。
 そうじゅう席にひきづりこまれた茂津さんの顔を真っ青でした。きょうふときんちょうのためです。
「ええ。だいじょうぶっス」
 茂津さんは、そうつぶやくと、気をうしなってしまいました。
「安光さん、船室につれていってください」
 田西さんは、そうたのむと、キリッと前をにらみました。こうなったら、エンジンが焼き切れるまで、スピードをあげてみるしかありません。
 そうすれば、サメの重さで、チェーンが切れることもありえるからです。でも、もし、エンジンが焼き切れたら、どうなるのでしょう。
 そのときは、そのときです。
 田西さんは、エンジンの回転を速めるレバーを引きました。
 タッ、タッ、タッ、タッというエンジンの音がタッタッタッタッと早くなりました。
 いきなり、田西さんのとっているかじが、ガガガガとしん動し、そして、それまで調子よくまわっていたスクリューがガガガガとみょうな音を立てました。
 焼き切れてしまったのでしょうか。
 どうしよう、と田西さんが思ったのと同時に、サメたちのこうげきがピタリととまりました。
「………?」
 海に目をやると、口をきずつけたサメに、ほかのサメたちがいっせいにおそいかかっているところでした。
 どうやら、おそわれているあのイタチザメが、スクリューにくらいついたようです。
 サメたちは、よってたかって、その一匹の肉をひきちぎり、くいつくしていきます。
 まるで、おどっているみたいに、サメたちはからだを左右にくねらせ、気がくるったみたいにグルグル泳いでいます。
 田西さんは、サメにくいつかれている自分たちのすがたを、想像してしまいました。ゾーッとして、鳥はだがたってきました。
「死のおどりです。血のにおいに、こうふんして、ああいう行動をとるのです」
 そう説明する矢古さんの顔からも、血の気がなくなっていました。

「矢古さん、どうしたらいいでしょう」
「どうしたらいいんでしょうかね。とにかく、いまはサメを観察するしかないですね」
 田西さんは、なんともたよりないちえぶくろの返事に、泣きたくなってしまいました。
「船長、たいへんだっ!」
 サメを観察しようといった矢古さんが、とつぜん、大声でいいました。
「どうしたんですか」
「あっちから、大きなサメの背びれが近づいてきます」
 矢古さんがゆびさした方向に、大きな三角形の背びれが、水を切って泳いでくるのがみえました。
 すぐそばで、「死のおどり」をまっているホホジロザメよりも、大きそうです。
 目指すは、もちろん、コンチキ2号です。
 一匹のホホジロザメでもてんてこまいしているのに、もう一匹、もっと大きなやつがふえてしまったら、どんなことになるのでしょう。
「ちくしょう。なんで、こんなにサメがあつまってくるんだ」
 田西さんがはきすてるようにいいました。そして、矢古さんに、手をすりあわせて、
「助かる方法を、すぐに考えてください」
と、たのみました。
 わらにもすがる気持ちといいますが、このときの田西さんは、わらどころか、糸くずにでもすがりたい気持ちでした。
「わかりました」
 矢古さんは、また「考える人」になってしまいました。

                            (つづく)





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by spanky2011th | 2011-09-04 15:06 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(7)

        7
 ドスン、ドスン。
 サメが、コンチキ2号の船底をこうげきしだしました。
 船室には、にぶくて大きな音がひびきわたり、中にいる人たちは生きた心地がしません。
 そして、船は、まるで嵐にのまれたみたいに、グラン、グランと大きくゆれだしました。
 田西さんは、船のスピードをあげて、にげきろうとしましたが、サメとチェーンとがくっついているため、思うように進みません。 田西さんは、右に、左に、せわしなく、かじを切りました。ちょっと油断したら、船はひっくり返ってしまうでしょう。
 田西さんは、自分の判断ミスをくやみました。会議なんて開かないで、すぐに、いかりのチェーンを切っていれば、なんとかなっていたかもしれません。
「茂津さん、おりてきてください」
 田西さんは、大声で、マストの茂津さんをよびました。
 こんなとき、茂津さん以外に、金ノコで、チェーンを切れる人はいません。
「船長、なんっスか」
「金ノコで、チェーンを切ってください」
「こっちは、それどころじゃないっスよ」
 たしかに、茂津さんは、それどころじゃないようです。船が大きくゆれているので、ふり落とされないよう、マストに両手、両足でしがみついていて、とても、おりてこられる状態ではないようです。
「茂津さん、がんばってください。なんとかしますから」
 田西さんは、今度は、船室にむかって、
「矢古さん、きてください」
 コンチキ2号のちえぶくろの矢古さんをよびました。
 ゆれる船のデッキで、矢古さんに金ノコでチェーンを切るようにたのむのは、さかなに木にのぼれというのと同じです。
 田西さんは、
「矢古さん、にげきる方法を考えてください」
と、すがるような気持ちでいいました。
 ところが、矢古さんは、そっけなく、
「それはむりですよ。サメの方がこの船よりずっと早いですからね」
と、こたえました。
 ホホジロザメはふだん、時速3~4キロのスピードでゆったり泳いでいましたが、エサを取るときには、時速25キロくらいは楽に出します。
「はやく、茂津さんをおろしてあげないと、海におちてしまいます」
 田西さんがそういいながら、あごで茂津さんのいるマストをさしました。
 矢古さんは、茂津さんがいまにもマストから振り落とされようとしているのを見て、たいへんなことになっているのに、ようやく気がつきました。
「こりゃあ、なんとかしなくちゃ」
と、矢古さんは、ロダンの「考える人」のポーズで、座り込んでしまいました。
「とにかく、なにか考え出してください。これは、船長命令です」
 返事はありませんでした。矢古さんは、長考にはいってしまったのです。
「船長、もう、だめっス。手がつかれてきたっス」
「がんばってください。矢古さんが、なんとかしてくれますから」
 田西さんは、ゆれる船をたおさないように、かじをせわしなく動かしつづけました。
 一分くらいたったとき、矢古さんが、
「わかった!」
と、さけんで、立ち上がりました。
「そうだ。エサをあたえて、サメを満腹にしてしまえば、いいんだ」

 矢古さんは、そういうと、船室に首をつっこみ、
「藤壺さん、非常用食料をとってください」
と、どなりました。
「はい、わかりました」
 船室の藤壺さんは、のんびりした声でこたえると、イスのふたをもちあげ、中にためこんであるものを、つぎつぎへとひろしに手わたしました。
 それを受け取ったひろしは安光さんに、安光さんは矢古さんに、リレーでわたしていきました。
 インスタントラーメン、サラミ、かんパン、かんづめ、ドライフルーツなどなど、いざというときのために積んであった非常用食料ですが、こんな風につかうことになるとは思ってもいませんでした。。
「しっかり食べて、はやく満腹になれよ」
 矢古さんは、受け取ると、波間に、つぎつぎと、ほうりこんでいきました。かんづめは、ドボンと音を立てると、スーッとしずんでしまいましたが、ラーメンなどはうかんでいます。
「てやんでえ。ついでに、こいつも、くらえ」 
 なにを考えているのか、安光さんが、毛布とねぶくろを持ってきて、海に投げ込みました。
 投げ込まれた毛布がひろがって、波にあわせて、ゆらり、ゆらりとただよいだしました。
 ドスン、ドスンと船底をこうげきする音がやみました。
 そして、サメがいきおいよくうかんできて、大口でパクリとねぶくろをひとのみし、つぎに毛布をたべだしまいました。
 毛布はひろがっているため、たべにくいらしく、ガブリとかみつくと、頭を左右にふり、かき切ってからのみこもうとしています。
「茂津さん、いまです。おりてきてください」 
 田西さんはそうさけぼうとしましたが、もう、その必要はありませんでした。
「ああ。こわかったっス」
 茂津さんは、もう、マストからとびおりていて、あわててそうじゅう席にとびこんできたからです。
 田西さん、矢古さん、安光さんの三人がいるそうじゅう席に、茂津さんがとびこんできたので、身動きがとれません。満員電車にのっているようなものです。
「よかった。けがはありませんでしたか」
「だいじょうぶっス」
「茂津さん、困りますよ。これからは、船長めいれいにはしたがってください」
「もうしわけなかったっス」
 茂津さんが五分がり頭をかきながらあやまりまっていると、藤壺さんが船室から顔をだし、
「そうですよ。船長命令にはしたがってもらわなくてはいけませんね」
と、自分のことはわすれていいました。
「船長、てえへんだ。てえへんだ。まわりを見てくだせえ」
 安光さんがさけびました。
 田西さんは、右手の窓から、外を見て、息がとまるほど、びっくりしてしまいました。 背中にトラのようなもようのあるサメが、ウジャウジャ集まってきていたのです。たたみをたてに2枚ならべたくらいの大きさ(3・6メートル)はあります。
 茂津さんを助けるために投げ込んだ非常用食料にひきよせられてきたみたいです。
「イタチザメですね」
 矢古さんが説明しました。
「矢古さん、これは人をおそいますか」
「ええ。人の被害の大半は、このサメによってです」
 一難去ってまた一難とは、このことです。 田西さんは、頭をかかえてしまいました。
 奥さんが大反対したのに、船にのってしまったことの、バチが当たったかも知れない。田西さんは、チラッとそんなことを思いましたが、いまは、そんなことをいっているときではありません。
 田西さんは、かわいい息子の横顔を見ました。
 どんなことがあっても、助かってみせるぞ。やる気がわいてきます。
 田西さんは、いい出しにくかったのですが、のりくみ員のいのちがかかっているので、
「疲れているところ、もうしわけないのですが、いかりのチェーンをきってくれませんか」
と、茂津さんにたのみました。
「がってん、しょうちのすけっスよ」
 茂津さんは、船室にはいって、工具箱をもってきました。
「安光さん、ちょっと、じゃまっスよ」
 茂津さんが、そのまま、デッキヘ出ていこうとしたので、あわてて、田西さんがとめました。
「茂津さん、いのちづなをつけていってください」


                              (つづく)

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by spanky2011th | 2011-08-29 12:40 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(6)

        6
 きんきゅうじたいです。
「茂津さん、おねがいしますね」
茂津さんにかじをまかすと、船長の田西さんは、船室に向かいました。そうじゅう中の茂津さん以外は、乗りくみ員ぜん員、船室に集まっています。
 ここで、船室の説明をしておきましょう。船室の真ん中に、長方形の大きな木のテーブルがあって、そのわき、つまり、船のわきにあたるところに、木で作られた長イスがあります。この長イスのフタをあけると、保存のきく食料や、救命どう衣など、ふだんは使わないものがしまわれています。
 田西さんは、万が一のことを思って、救命どう衣をつけることを、全員に命令しました。
「いいですか。ぜったいこの船室からでないでください。海にほうりこまれたら、サメは、アザラシかなんかだと思って、ガブリと食いついてきますからね」
 田西さんのサメの知識はそれくらいのものでした。
「それでは、会議をします。これから、どうしたらよいか、みんなの意見を聞かせてください」
 田西さんがそういうと、真っ先に口を開いたのは、矢古さんでした。
「『老人と海』みたいに、これは長いたたかいになりますね」
 『老人と海』は、老人と巨大なバショウカジキとのたたかいを描いた有名な小説です。
「このトウヘンボクめ。なに、くだらねえこといってんだ。キャッチ・アンド・リリースきゃねえてんだ。いまは、この船とつなかっている。それを放したら、三十八計、逃げるが勝ちだ」
 安光さんがつかった英語は、さかなをつりあげたらそのまま逃がしてあげる、というアメリカやヨーロッパのやり方です。でも、そんなことを安光さんがいいだしたのは、ほんとうはサメがこわかったからです。
「でも、ふかひれスープにして、食べたいなあ~」
 自分が食べられそうになったのに、藤壺さんは、まだ、そんなことをいってました。
「なにいってんだ。あいては、人くいザメだぞ。」
 安光さんの使った「人くいザメ」ということばに、矢古さんはカチンときたみたいです。
 スクッと立ち上がると、テーブルをドンとたたき、
「サメの名誉のためにいいます。人をおそうといっても、サメはちっとも悪くないのです。サメがこの世にあらわれたのは、4億年も前で、恐竜もまだあらわれていなかった時代から、サメは海にいたのです。そのなわばりに、人間が海水浴場やサーフィン場、さらにフィシィッシング場にして、たまに、サメがエサとまちがえて人をおそえば、人間はサメをみな殺しにしようとするのです。サメで死ぬ人より、おもちをのどにつまらせて死ぬ人の方が多いのですよ」
 矢古さんお得意の講義がはじまりました。
「インドのトラがいま絶滅しそうになって保護されてますが、人をおそうという理由で、むやみやたらと人間がトラを殺したからです。ホホジロザメもこのままだと絶滅してしまいそうだと、保護しているところもあるのです。自然というのは、ぜつみょうなバランスをたもっていて、食物連鎖で……」 
 このまま、いつまでも、講義をつづけそうなので、田西さんが、エヘン、エヘンとせきばらいしました。
 矢古さんは、会議中なのに、自分一人で講義にしてしまったことに気がつき、話しをやめました。
 だまってきいていたひろしには、矢古さんのいおうとしていることの半分もわかりませんでした。でも、ひろしは、この楽しい仲間がひとりでもサメに食べられてしまったら、とても悲しいと思ったので、
「ほくもにげるのが一番だと思うけど……」
と、自信なげにいいました。
 だまって会議のなりゆきを聞いていた田西船長は、むすこの意見をきき、小さくうなずきました。
 田西さんは決断したのです。
「わたしも、安光さんとひろしの意見に賛成です。反対は藤壺さんだけ。では、これから、サメをいかりからはなして、いちもくさんでにげることにします」
と、会議をまとめました。
 藤壺さん以外は、その言葉を聞いて、ホッとしました。藤壺さんだけがふまんそうです。
 そのとき、入り口から、茂津さんが、あわてたようすで、顔をのぞかせました。
「船長、大変っス」
 田西さんは、いそいでそうじゅう席にでました。
「ほら。ようすが変っスよ」
 茂津さんがいうように、それまで、いかりをはきだそうともがいていたホホジロザメが、もがくのをやめていて、ゆっくりと、からだを左右にふりながら、円をえがいて泳いでいました。
「ちょっくら、ひとのぼりしてくるっス」
 茂津さんはかじ取りを田西さんにまかせ、ヒョイと双眼鏡を手に取ると、スルスルとマストのてっぺんによじのぼりました。
「サメのやつ、こっちをこわい目でにらんでるっス」
 茂津さんの報告のとおり、サメは泳ぐのをやめ、一か所にうかんでいます。
 田西さんは、いよいよだな、と思いました。
「こうげきをしかけてくる気です。茂津さん、あぶないですから、おりてきてください」
と、よびかけました。
 でも、茂津さんは、すまし顔で、
「だいじょうぶっスよ。だてに大工でめしは食ってないっス」
と、こたえ、片手でマストにしがみつき、片手で双眼鏡を目に当てました。
 サメはゆっくりと、コンチキ2号にむかって、およぎだしました。
そして、スピードをあげると、スーッと海にもぐってしまいました。

「船長、サメのやつ、下からおそう気っスよ」
「茂津さん、おりてください。あぶないですよ」
 田西さんがいくらそういっても、船長命令にそむいて、茂津さんはおりてこようとしませんでした。
(つづく)


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by spanky2011th | 2011-08-29 12:27 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(5)

「ふかひれなんかに、食べられてなるものですか」
 藤壺さんは死にものぐるいになって、ほうちょうをサメの鼻つっらにつきだしていました。でも、相手は、ほうちょうなんて、ちっともこわくないらしく、大口をパクパクさせていました。
 それもむりはありません。なぜなら、ほうちょうみたいな歯を、口の中に、いっぱいならべているのですから。
「こら! あっちへいきなさい」
 藤壺さんは、どなりました。
 そのときです。
「ワン、ワン」
と、ほえながら、茶色いものがサメめがけて、すっとんでいきました。藤壺さんの愛犬ボランです。
 ボランは、見開いたぶきみなサメの目に、前足で、きょうれつなパンチをくらわすと、サッと身をひるがえし、藤壺さんのよこに立ち、
「ウー」
とうなりました。
 サメの食欲を自分にむけて、藤壺さんを助けようとしているみたいです。
 ボランのうなり声に反応して、藤壺さんをねらっていたサメが、ボランのほうに顔をむけました。
 ボランは、少しずつ、藤壺さんからはなれていきました。サメも、骨っぽい藤壺さんより、ボランの方がおいしいと思ったらしく、ボランの方に向きました。
 そのとき、こんどは、空気を切りさくような音とともに、なにかがヒューととんでいって、サメの目につきささりました。
 サメが横をむいたので、大工の茂津さんが、その目めがけて、キリを投げたのです。
 ことのなりゆきを見ていた田西さんは、
「藤壺さん。はやくにげください!」
 大声で、さけびました。
 田西さんの声に、藤壺さんはあわててとび起きようとしました。でも、サリーのすそをふんずけて、また、ゴロンところがってしまいました。
「藤壺さん、こっちです」
 だいぶ、あわてているみたいで、もがけばもがくほど、藤壺さんは、自分のサリーにからまっていくみたいです。
 田西さんの目に、チラッとなにかがうつりました。船を停泊せさるためのいかりです。
 田西さんは、イチかバチかで立ち上がりました。そして、
「よっこらしょ」
と、いかりを持ち上げると、反動をつけ、今度は、ほら穴のようなサメの口めがけて、
「どっこらしょ」
を投げこみました。
 ガリガリ、ガリガリ。
 サメは、なにか、えさが口にはいったものと思ったらしく、のみこもうとしました。
 いくらサメでも、鉄のいかりはかみくだくことも、のみこむこともできません。
 のみこめないなら、はき出そうと、口をアグアグと開いたり閉じたりしはじめました。でも、からだを船の上にのりだしているため、いかりはどんどん、サメののどの奥へ落ちていきます。
 田西さんは、サメがいかりと悪戦苦闘しているすきに、藤壺さんのそばにはっていき、藤壺さんのサリーをつかむと、ひっぱりました。
 船が大きくゆれました。
「うわあ!」
 田西さんは、ふり落とされまいとして、デッキによつんばいになりました。
 サメはあばれまわり、デッキから、海の中に消えていったのです。

 ガラガラ。
 いかり用のチェーンがすごいいきおいで出ていってます。
「船長、藤壺さん、だいじょうぶっスか」
 茂津さんがやってきて、藤壺さんをたすけ起こしました。
「藤壺さん。だいじょうぶですか」
 田西さんは、そういいながら、からんでいたサリーをほどいてやり、
「藤壺さん。こまりますよ。船長命令にはしたがってください」
と、きつくしかりました。
「もうしわけありませんでした。ふかひれスープのことで頭がいっぱいだったもので……」 
 藤壺さんがモシャモシャと頭をかいて、田西さんにあやまりました。
 ところが、いわなければいいのに、ガラガラ出ていくいかりに気がつくと、茂津さんが、
「安光さん、さかながにげてるっス」
といったものだから、安光さんも、つい、いつものくせで、
「そりゃあ、てえへんだ」
 すっとんできて、ウインチ(いかりのチェーンをまく機械)にすがりつきました。
「あぶなく、しかけをとられるところだった」
と、ボソボソつぶやき、チェーンを止めるレバーをひきました。
 ガクン。ミシミシ。
 船が大きくゆれ、きしむ音がしました。
 そのゆれで、起きあがろうとしていた藤壺さんが、また、ゴロンと転がってしまいました。
 安光さんは、
「あっ、いげねえ。こいつは、つりじゃなかった」
というなり、あわてて船室にもどってしまいました。
 田西さんは、海を見ました。
 海の中ににげこんだはずのサメが、二十メートルほど先に浮かんでいて、片目でコンチキ2号をじいっと、にらんでいました。
 真ん丸の目の片方には、茂津さんが投げたキリがつきささっていて、もう片方の目は、どんよりとした黒目で、なにを考えているのか、まったくわからない目でした。
 へびににらまれたカエルといいますが、それよりもこわいのが、サメににらまれることでしょう。
 サメが、大きく空にジャンプしだしました。いかりのチェーンをぶっち切ろうというのです。でも、鉄のチェーンは、切れません。
 こんどは、沖にむかって、力まかせに、船をひっぱりだしました。

 田西さんは、負けてなるものかと、岸に船首をむけると、エンジンを目いっぱいふかしました。
 岸に少し近づいたかと思うと、今度は、ひきもどされます。
 これでは、いつまでも勝負のつかないつなひきです。
 田西さんは、あわてて、
「全員、船室に集まれ」
と、船長命令をだしました。
 田西さんの命令に、今度は、藤壺さんもそむきませんでした。
                 (つづく)





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by spanky2011th | 2011-08-21 11:45 | 長編童話 ふかひれスープの冒険

ふかひれスープの冒険(4)

        4
 石のようにだまりこみ、じっと目の前の海をにらんでいた安光さんは、真っ青な海のそこから、なにか、とてつもなく大きなものが、浮かび上がってくるのに、気がつきました。
 はじめは黒いかげのようだったものが、だんだん大きくなってきました。そして、一メートルちかい大口をパカッとあけて、船のわきをドンドンけっていた藤壺さんの足を、ガブリとかじろうとしました。
 ところが、今にもかじられそうになったそのしゅんかん、藤壺さんが足をヒョイとあげたものだから、ガチリと歯をならすと、それは、巨大なからだをひねり、水しぶきを上げて海に落ちていきました。
 いまは、船のまわりをゆっくりと泳いでいます。
「ワッ、ワッ、ワッ! サメだあ!」
 いろいろなさかなを見てきた安光さんも、こんなに大きなサメを見るのは、はじめてでした。
 その大きいの、大きくないのって! たたみをたてに4枚ならべたくらいの大きさ(7・2メートル)はありそうです。灰色のからだからでている三角形の背びれでも、一メートルはあります。
 なによりも、大きな口のなかにビッシリ生えている歯をモロに見てしまったので、安光さんは、こわくて、からだがブルブルふるえてしまいました。
 一方、安光さんの声で、サメの方に目をやった矢古さんは、
「ほおーっ!」
と、巨大なサメにおどろきの声をあげてから、
「あいつはたしか……」
 と、あわてて図かんのページをめくり、ある写真をみつめだしました。
「………まちがいない。ホホジロザメだ。もっと沖に出ないといないはずなのに、どうして、こんなところにいるのだろう?」
と、しきりに首をひねり、考えこんでしまいました。
 矢古さんは、安光さんとちがって、サメが大口を開けたところを見のがしていたため、のんびりしているのでしょう。
「た、た、たいへんだ。すぐに、にげなくちゃ、食われちまうぞ」
 安光さんはすっとんで、そうじゅう席へいこうとしましたが、こわさで、腰がぬけてしまい、足がいうことをききません。
 ヨタヨタよつんばいでデッキを進むと、
「せ、せ、せ、船長!」
と、いいました。
「安光さん、どうしたのですか?」
 自分たちの船と同じくらいのサメが、すぐ後ろにいることを知らないので、田西さんはプカーリ、プカーリとマドロスパイプのけむりをはきながら、ゆったりとこたえました。
「サ、サ、サメが、お、お、おそってきました」
 どうして安光さんは、サメくらいで、こんなにあわてているのだろう、と不思議に思いながら、田西さんは、
「安心しなさい。海にサメがいるのはあたりまえです」
とこたえました。
 たしかに、航海していると、波間にサメの背びれが見えることは、しょっちゅうです。
 そばにいた茂津さんも、
「この船はサメくらいじゃあ、びくともしないっスよ」
と、自信たっぷりにいいました。
 二人に相手にされないので、安光さんは、頭にきてしまいました。
そしたら、こわさを忘れてしまい、
「とても、でっけえホホジロザメが、ねらってやがんだよ。この、すっとこどっこいが」
 それまで、もつれて、よく回らなかった舌が、よく回るようになりました。
 ホホジロザメと聞いて、田西さんはあわてて、うしろをふりむきました。そして、コンチキ2号を追いかけてくる巨大なサメを見て、青くなってしまいした。
「これは、たいへんだ。全員、きんきゅうひなん!」
 田西さんは、船長命令をだすと、きんきゅうひなん用のサイレンのボタンを押しました。 ウイーン、ウイーンと警報が鳴りだしました。
 それから、うしろをふりかえると、デッキにいる藤壺さんと矢古さん、それとボランにむかって、
「そこにいたらあぶないです。はやく船室にもどりなさい」
と、大声でどなりました。
 船長命令は船の上ではぜったいです。だれも、さからってはいけないことになっていました。
 矢古さんとボランは、すぐに船室にもどってきましたが、藤壺さんだけはデッキから船室にもどろうとしません。
 それどころか、何かに取りつかれたように、
「ふかひれだ!」
と、さけびながら、ロープを手にまきつけ、船から海に身をのりだしていました。
 手にしたほうちょうで、海面からでているサメの背びれを、切りとろうとしていたのです。
「藤壷さん、なにをやっているのですか。命令に従ってください」
 ホホジロザメのこわさを知らないのか、それともあまりの食欲に理性を失っているのか、藤壺さんは、やめようとしません。
 田西さんが、いくら、
「藤壺さん。早くこっちにもどってください」
とよびかけても、藤壺さんは、ふかひれ取りをやめません。
「まったく、藤壺さんときたら!」
 田西さんは、舌うちをしました。
「茂津さん、そうじゅうをおねがいします」
 友達です。 ほうっておくわけにはいきません。
 田西さんは、そうじゅう席から、デッキにでてゆこうとしました。

 ガクン。ガリガリ。
 大きなゆれが船をおそいました。サメが船に体当たりしてきたのです。
 あまりに大きなゆれだったので、あやうく、田西さんは、海に放りこまれるところでした。あわてて、手すりにしがみつきました。 
 田西さんはデッキに身をふせ、そして、よつんばいになりました。また船がゆれていて、海にふり落とされてはいけないからです。
「藤壺さん、だいじょうぶですか!」
 田西さんは、大声でさけびながら、顔を上げました。
 びっくりし、心ぞうがとまるかと思いました。
 デッキに上半身をのりあげたサメが、大口をあけて、ひっくりかえっている藤壺さんを食べようとしていたのです。
 藤壺さんとサメとのきょりは、わずか数十センチしかありません。

 サメの大口は、まるで、大きなほら穴です。スッポリと、大人の一人くらい楽にはいりそうです。その上、ナイフのようにするどい歯が、ノコギリのように生えているのです。
 あんな大口にのみこまれてガブリとやられたら、からだはかんたんにまっ二つになってしまうでしょう。


                                               (つづく)



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by spanky2011th | 2011-08-21 11:32 | 長編童話 ふかひれスープの冒険