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砂時計の砂のように

 民主党がいよいよ消費税アップに着手する。日本の財政が破綻寸前なのは、みんな、知っている。ギリシャに日本はなりかけている。そして、それを阻止しないととんでもないことになる。だから、消費税を上げなくては行けないというのだろうが、ちょっと待て!
ギリシャの場合もそうだけど、公務員の問題に手を付けないで、消費税アップはないだろう。私は、公務員を敵視するつもりはないが、既得権として、様々な旨味は絶対に手放したくないという人間の欲望にこそ、メスを入れなくてはいけないと思っている。
 共産主義、社会主義の革命は、失敗に終わってしまったけど、当初の志はすばらしいものだったと思っている。平等で、みんなが平和に豊かに暮らせる世界を目指した。その失敗の原因は、テクノクラートと呼ばれる公務員の腐敗にあった。
 社会に巣食うガンみたいに、栄養分を吸い付くし、本体を死なせてしまう組織にいつしか変貌してしまったのだ。勘違いしないで欲しいのだが、行政組織はちゃんと機能させなくてはならない。
 たとえば、定期的に行われる自動車免許の更新。ここに寄生して、労働に見合う以上の栄養を取っているガン細胞みたいな組織はないのか。
 たとえば、スーパーコンピューター「京」開発に投じられる予算のうちから、何割かをさらっていく組織はないのか。
 そういうものに、きっちりとけじめを付けてからの「消費税」議論なら、筋も通るが、そうではない。低所得者への定額給付と、すこし甘いアメをちらつかせれば、国民は納得するはずだ、というその姿勢自体が国民をバカにしている。
 税金の高い国というのは、国民が政治を監視し、行政組織もその監視を受けて、透明度を高くして、国民の信頼を勝ち取っている。
 今のまま、消費税アップしても、最終的に国民のサービスに回される分は、たいしたことがないだろう。パイが大きくなればなるほど、公務員にかすりとられ、公務員の福祉と老後の蓄えに回せるパイも大きくなるだけだ。
 また、それに付随する業者がかすめ取るパイが大きくなるだけ。
 格差社会。もしくは、砂時計社会。中流だった人々が、砂時計の砂のように、貧困層へどんどん落ち込んでいるなかで、公務員だけは、上にとどまろうとしている。まるで、崩壊寸前のときのソ連のようだ。

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by spanky2011th | 2011-12-31 00:41 | 世相 妄想随談

私の音楽の好み

 いまから四十年以上前の話だ。小学生六年生の修学旅行のときにみんなで歌う歌集を作る係に、私はなった。
なんの曲を入れるか決めるとき、ある女の子が加藤登喜子の「赤い風船」を強く押した。私は、びっくりした。これが修学旅行でみんなで歌う曲か、と。たしか、NHKのみんな歌で、流されていたんだと思う。
 いい曲だけど、交通事後で死んでいく子供の歌なんだぞ、と叫びたかった。でも、結局、修学旅行の歌集に入ることになった。でも、いい曲だな、と思っていた。



 もう少し後の話だ。兄が森山良子のアルバムを買ってきた。その中の一曲に「忘れかけた子守唄」というのがあって、兄がしょっちゅう聞いていた。この曲を検索してみたら、森山良子ではなく、タイガースが歌っているのがヒットした。タイガースが歌っていたなんて、いま、初めて知った。
 
同じ森山良子に 「愛する人に歌わせないで」という曲がある。冒頭が「もう泣かないで坊や」だから、これが曲のタイトルだとばかり、いまのいままで思い込んでしまっていた。
 昭和40年代。学生運動が華やかりしころ。ベトナム戦争が激しく、その報道に胸を痛めていたころ。
 こういうセンチな、社会派な歌が、結構あった。私の性格の一部は、この手の歌に影響されているのはまちがいない。
 いまや、この手の曲は、マンモスやサーベルタイガーと同じ運命を辿り、絶滅してしまった。
 


  中学生になり、深夜のラジオ番組を聞くようになると、洋楽というものにも触れるようになった。ビートルズ、ストーンズ、BS&T、シカゴ、チェイス、ジミ・ヘン、クリーム、ディープ・パープル、ツェッペリンなどを主に聞くようになり、自然と日本の曲とは、おさらばすることとなった。
 その中で、自分の好みに後々にまで影響を及ぼすことになったのは、ピンク・フロイトの「ウマグマ」とマイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」。
 衝撃以外のなにものでもなかった。
 畳に寝そべり、ステレオのスピーカーを頭の左右に置き、目を閉じ、何度も、何度も、聞いたものだ。毎日のように聞いたものだ。
 どうも、14、15歳の頃に衝撃を受けた音楽は、一生、後を引くものらしい。
 いろいろな人と会話していて、たまに音楽の話になると、私は、14、15歳の頃に衝撃を受けた音楽は何か、質問してみることにしている。
 そうすると、その人も、そのときの衝撃を引きずっていることがわかる。
  そういう人に、その曲は、たいした曲じゃないよ、というのはタブー。まるで、人格を全面否定されたように、感じるからだ。
 たまに、Tレックスなどを聞くと、古いなー、と思っている自分がいるのだが、フロイトとマイルスは、少しも古くならないのだ。
 きっと、Tレックスに衝撃を受けた人には、私は古いと感じる曲が、ビビッドに感じられているにちがいない。
 ジェロとか、ジャロとかいう演歌歌手がいるが、彼もきっと、14、15歳の頃に、日本の演歌に衝撃をうけたに違いない、と思うことにしている。

 いまも、フロイトとマイルスは、自分の中では別格の存在だ。
 しかし、私の大好きなフロイトも、別の人に言わせると、つまらない、となるのだ。
 
 マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」なんかは、なにをやってるのかわからない、となるのだろう。いかに、つまらない作品か、ぜひ、聞いてもらいたい。
 しかし、私には衝撃が走ったのだ。いま聞いても、40年前と同じに新鮮である。



 ロックはプログレ、ジャズはフュージョン。15歳以降は、これを中心に、音楽は追いかけている。
 ピンクフロイトよりも、80年代以降のキング・クリムゾンの方が、音楽的にすごいことをしているな、と思っても、私にとっては、ナンバー1はピンクフロイトなのである。
 

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by spanky2011th | 2011-12-20 20:43 | 世相 妄想随談(音楽付き)

上の浪費は、下々の繁栄


 三代目が、びっくりするような金額のお金をカジノで使い、それにからんで逮捕されてしまったが、その金銭感覚を見ていると、人間としてあわれに感じると同時に、格差社会をひしひしと感じてしまう。
 嫌いだからワイドーショーなどは見てないが、コメンテーターがどんな話をしたか、だいたい想像できる。多分、見たら、そのたびに、芥川龍之介「侏儒の言葉」の次の文を思い出すことだろう。

醜聞

なぜ公衆は 醜聞を――殊に世間に名を知られた他人の醜聞を愛するのであろう? グルモ ンはこれに答えている。――
「隠れたる自己の醜聞も当り前のように見せてくれるから。」
 グルモンの答はあたっている。が、必ずしもそればかりではない。
醜聞さえ起し得ない俗人たちはあらゆる名士の醜聞の中に彼等の怯懦を弁解する好個の武器を見出すのである。同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。「わたしは白蓮女史ほど美人ではない。しかし白蓮女史よりも貞淑である。」「わたしは有島氏ほど才子ではない。しかし有島氏よりも世間を知っている。」「わたしは武者小路氏ほど……」――公衆は如何にこう云った後、豚のように幸福に熟睡したであろう。

 それにしても、カジノなんかで使わないで、日本で使ってくれればいいのに、と思ってしまう。その額を、子供たちの奨学金にしてくれればいいのに、と思ってしまう。
 江戸時代、どこの藩主だったか忘れたが、「上の浪費は、下々の繁栄」という旨をのべた御仁がいた。上と言っても、政府という意味ではないだろう。金を溜め込んでいる人々と解釈すべきだろう。
 そういう人々が、浪費してくれれば、経済は動き出すのだ。計画的に浪費してくれればベスト。しかし、そういう人々は、預金通帳の残高が減ることに異常な恐怖感を覚え、その数字の陰に隠れて、ある意味、庶民を見下し、ある意味、小人のようにふるえながら、生きているのだろう。

 いと、あわれなり。とワーキングプアのわたしは、強がってみることにした。




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by spanky2011th | 2011-12-06 19:21 | 世相 妄想随談(音楽付き)

 陳述構文について(3)

 いまは、仕事を変えて、時間が取れなくなってしまったが、なんとか、日本語についてのこのコーナーも書き続けていきたい。
 仕事仲間が、「日本語は独特で、むずかしい」としゃべっているのを耳にした。俗説である。誰が言い出したかわからないが、「日本語は、よその国の言語と比較して独特であり、むずかしい」と信じている人が多いようだ。新書「日本辺境論」にもあるが、どうも、日本人は日本の文化を独特であると信じ込みたがっているようだ。
 よその言語が独特であるのと同様に、日本語の言語は独特であるが、それ以上でも、それ以下でもない。
日本語は、「主語+動詞+目的語」というような語順で意味を伝達する言語ではなく、「てにをは」と呼ばれる助詞を膠として、言葉をくっつけていく言語である。
 わたしたちが日常接する多くは、英語圏の人々であり、または中国語圏の人々である。語順で意味を伝える人々であって、孤立語の言語体系の人々が、膠着語の日本語を学ぼうとすると、とても苦労するのだ。
 たとえば、中国の人に、「日本語と英語のどちらが、マスターするのに苦労するか」と聞いてみよう。まず、まちがいなく日本語と答えるだろう。脳が、孤立語仕様になっているのだから当然なのだ。
 逆に、脳が膠着語仕様の日本人が、英語をマスターするのに苦労するのも、当たり前なのだ。だったら、中国語も当然、苦労するはずだと思うだろうが、日本語は、卑弥呼の時代よりも前から、漢文を読み下すために、いろいろと苦労してきた。「てにをは」そのものが、そのために生まれたようなものだ。つまり、漢文は読み下せても、中国語の会話は苦手。

 さて、陳述構文だが、「きのう、お寺で、坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」が基本であると述べた。そして、その応用として、
「日本の国宝とも呼べるすばらしい坊主の絵を、きのう、お寺で、坊主が屏風にすばやく描いた。」
「完全密室殺人事件が起きた昨夜、坊主である彼は、お寺で、屏風に上手に坊主の絵を描いていた。だから、彼にはアリバイ があるのだ。」


の文を例文として作ってみた。
 
「きのう(名詞・自立語)、お寺(名詞・自立語)で、坊主(名詞・自立語)が屏風(名詞・自立語)に上手に(副詞・自立語)坊主(名詞・自立語)の絵(名詞・自立語)を描いた(動詞・自立語)」
 助詞が膠の役目をしているのがよくわかるだろう。「きのう」の後の読点「、」も助詞の働きをしている。「お正月にぼくはお餅を食べる」の「に」と同じ働きをしているのだ。
 自立語とはその言葉だけで意味をなすもので、「で・が・に・の・を」といった助詞は付属語と呼ばれている。
 試しに、辞書でも、子供の教科書でもいいから、文法のところを見てもらいたい。付属語として、小さくしか、扱われていない。
 が、実は、日本語では、付属語の方が重要な働きをしている。それにしても、付属語などと名前を初めに付けてしまったがために、後々の人が苦労しなくてはならないのだ。助詞は重要ではないという、勘違いの原因になっている。
 中学、高校のときの文法の授業を思い出してもらいたい。品詞分解ばかりで、助詞の重要さを学んだ記憶はないはずだ。教えている方も、その重要さに気づいていないみたいだ。また、気づいていても、学校の先生方は、マニュアルから逸脱することを禁じられているから、教えたくても教えられないでいる。

 陳述構文の語順だが、
「時格 + 場所 格 + 主格 + 与格 + 対格 + 動詞」
が基本である。これをベースにして、さまざまな変形が作れるのだ。そのときに活躍するのは主題を作る「は」である。この「は」は、「なになにの話ですよー」という、話題の提示である。

きのうは、お寺で、坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた。
お寺では、きのう、坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた 。
屏風には、きのう、お寺で、坊主が上手に坊主の絵を描いた。
坊主の絵(を)は、きのう、お寺で、坊主が屏風に上手に絵を描いた。


という具合だ。

 さらに、「お寺」「坊主」「屏風」「坊主の絵」といった名詞には、その前に、詳細な描写や説明としての「形容詞」や「名詞修飾文」といったものをつけることができる。文法的にはそんなことばはないが「飾り」と、以後呼ぶことにする。
 たとえとして、「屏風」に「飾り」をつけてみよう。左甚五郎が出てくる落語が個人的に好きだから、「左甚五郎が名人芸を発揮して作り上げた」という文で「飾り」としてみよう。

きのう、お寺で、坊主が左甚五郎が名人芸を発揮して作り上げた屏風に上手に坊主の絵を描いた。

「坊主が左甚五郎が」が「ガガ」となって、読みにくい。歌手の「ガガ」は素敵だが、日本語の「ガガ」は、さけなくてはならない。
 このような場合、長い部分を前に持っていく。事実、そこらへんにある文章を、適当に読んでみてもらいたい。多くの場合、そうなっているはずだ。

左甚五郎が名人芸を発揮して作り上げた屏風に、きのう、お寺で、坊主が上手に坊主の絵を描いた。

というように並べ替えればいいのだ。
 もっと「飾り」をつけてみよう。その屏風に「総檜作りの木枠に、こうぞを原料にした和紙を貼付けた」をくっつけてみよう。

左甚五郎が名人芸を発揮して作り上げた、総檜作りの木枠に、こうぞを原料にした和紙を貼付けた屏風に、きのう、お寺で、坊主が上手に坊主の絵を描いた。

というように、「屏風」にふたつの「飾り」をつけることも簡単にできてしまう。
 
「来週、新幹線で、ぼく達は、東京から京都へ修学旅行に行く」という文章があるとしよう。
この場合、一番大切なのは、助詞であるのは言うまでもないが、次に大切なのは「動詞」である。動詞が「行く」だから、「から」「へ」「に」という助詞が導きだされると言ってもいいだろうう。
 動詞により、必要な助詞が決まってくるといってもいいだろう。
 日本語の陳述構文とは、動詞に、「てにをは」という膠で、さまざまな自立語をくっつけて意味を相手に伝達する言語といっていいだろう。


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by spanky2011th | 2011-12-06 18:32 | 日本語  基本の3文型