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ガンジーの「人類の7つの罪」 「労働なき富」

ガンジーの「人類の7つの罪」について

 トルストイの童話に「人間にはどれだけの土地がいるか」というのがある。出発点からまるまる一日歩いて、また出発点に戻ってくる。それで囲えた土地が自分のものにできるというので、主人公は必死になって歩き、出発点に戻ったときに死んでしまうというものだ。結局、主人公に必要だったのは、自分のなきがらを埋める土地だけだった、という皮肉な結末だ。
 どこかの進学塾のコピーではないが、「夢は大きく、目標は高く」も結構だが、それが単に、どこまでも肥大化する、利己的な人間の欲望の肯定になってしまうところに、現代の問題点がある。何のために、「夢は大きく」持つのか。何のために「目標は高く」持つのか。
 単に、自分の物欲・名誉欲・権力欲などを満たすだけのものなのか。それとも、利他的なものなのか。ここに、大きな分岐点がある。

 ガンジーの「人類の7つの罪」では「労働なき富」を悪としている。

 以前も触れたことがあるが、庶民感覚では「おい、貰い過ぎだろう」というカルロス・ゴーン氏も、コストカッターとしての手腕を発揮しないと、いつでも株主に首をきられてしまう存在なのである。非情に徹して多額のマネーを手にするか、情けをかけて株主に首を切られるか。この選択をいつもせまられているのだ。他の人たちも同様だ。
 
 復興増税がいよいよ実施されるが、「労働なき富」でノウノウと生きている人々のふところはあまり痛まないようにできている。
 政治家が株などで儲けているのはみな知っていること。既得権益の所有者たちが寄り合って、日本を動かしているからだ。

 これは感覚的な問題だが、日本が変になりだしたのは「馘首」を「リストラ」、「売春」を「援助交際」などと、言葉をすり換えることによって、その実態を見まいとした90年代頃からのような気がする。 

 今、日本には、「働けど働けど猶わが暮らし楽にならざり」を実感している人で満ちあふれている。ワーキングプア、若者の就職難、老人の万引き……。貧困がじわじわと下から上へと広がっている感じだ。

 ワーキングプア……言葉を換えれば、「正当な労働により得られるはずの富」が、どこかで、誰かによって搾取されていると言ったらいいだろう。小泉政権が行った構造改革が、じわじわと庶民をいたぶっている。

 若者の就職難……真面目に学んで、社会に出て行こうというのに、そのチャンスまでもが、どこかで、誰かに潰されている。

 老人の万引き……家族が、もしくは社会がめんどうを見るべき老人達が捨てられている。核家族時代は終焉を迎え、無縁社会へと移行している。

 不気味な時代だ。こんな時代世相なのに、革命だ、と叫ぶ人が出てこないのが不思議なくらいだ。これが欧米なら、何万、何十万という人々がデモをおこなっていることだろう。暴動が起きていることだろう。

 「民主主義」のはずなのに、いまや、「金主主義」の時代ではないか。それも、たくさんの金をもっている人が「主人」になり、そうでない人たちは、彼らのための働き蟻状態だ。
 目に見えないカースト制度が日本を覆っている。

 働き蟻よ、革命を起こそうじゃないか。

 まずは、経済の仕組みを変えること。遠くのどこかの人々から搾取する資本主義でもなく、隣の人を抑圧する共産主義でもない、第三の経済の仕組みを生み出すこと。これが急務だろう。
 日本の学者の中にも、気骨のある人がいるはずだ。より多くの人が安心して暮らせる経済の仕組みを、真剣に生み出してもらいたい。
 昔読んだ本だが、地球の食料で考えると、120億人くらいの人口を支えるのがいっぱいいっぱい、とあった。
 つい先だって、70億人を突破した。時間は残されていないのだ。70億人の人々が幸せに人生を全うできる経済システムを考案してほしい。
 
 既得権益をもっている人人が、その「経済システム」を潰しにかかるだろう。

 それに対抗する革命勢力は、暴力革命ではなく、非暴力でなくてはならない。非暴力の最大の武器は、「いま、なにがおこなわれているか、それを正しくみんなに知らしめること」、これしかない。

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by spanky2011th | 2011-10-04 20:31 | 世相 妄想随談

ガンジーの「人類の7つの罪」について(理念なき政治)

 最近知ったのだが、ガンジーの「人類の7つの罪」について、京都大学原子炉実験所助教小出裕章氏が、5月の「参院行政監視委員会」において「マハトマ・ガンジーの名言・資本主義7つの大罪」を引用していた。このときには「原則なき政治」の翻訳の方を使っていたが……。
 私の記憶が確かならば、マハトマ・ガンジーの「(1)理念なき政治」もしくは「原則なき政治」の「理念・原則」とは、宗教性のことを言っていたと思う。
 この宗教性とは、特定の一宗一派の宗教という意味ではない。「生命の尊厳」ということで、貧しい子どもに貰った一本の鉛筆をチビるまで大切に使ったガンジーは、「ガーンディー聖書」(岩波文庫)で、「予の信条は神に奉仕することである、従って人類に奉仕することである。」と述べている。
 この人類に奉仕する、という姿勢を貫いている政治家がどれほどいるだろうか。それも、宗教的信念を持って。
 選挙のときには「みなさまのために働かせてください」などと連呼し、土下座しているくせに、当選したとたん、ころりと忘れてしまう。公僕と称しながら、高級公務員は「国民の支配者」となり、「国民の支配権」を官僚の手から政治家が奪還しようとしているのが民主党のいう「脱官僚」の実態に思えてならない。
 政治家になったとたんに「人類に奉仕する」ことが身に付くわけではないので、政治家になる前にどれだけ「人類に奉仕する」ことをしてきたか、それを見ないで、投票してしまう我々国民がいけないのだ。
 それにしても、小選挙区制により二大政党制になり、まともな政治が誕生するはずだったものが、とんでもない「ポピュリズム」政治を実現させてしまったものだ。小選挙区制をもう一度、見直してもいい時期がきているよう。
 政治家が口を開くと「GDP」(国内総生産)という言葉が飛び出してくる。そういう政治家の理念は、「経済に奉仕する」ことだと思ってほぼ間違いあるまい。彼らの口から「地球幸福度指数」という言葉が飛び出してくる日が待ち遠しい。ちなみに、「2009年度 地球幸福度指数ランキング」では日本は75位である。

*地球幸福度指数(The Happy Planet Index)は、イギリスの環境保護団体であるFriends of the Earthが2006年7月に紹介した、国民の満足度や環境への負荷などから「国の幸福度」を計る指標であ る。
この指標は国の発展度合いを測る指標としてこれまで重要視されてきたGDP(国内総生産-国内の生産活動を数字として表したもの)や HDI(人間開発指数-国内の住民生活の質や発展度合いを表したもの)が、人間が本来人生に最も望む幸福と健康の 度合いを測るものではなく、金銭的発展度合いを測るだけの指標であり人間生活の真の豊かさの度合いを表したものではないという批判に答え、人間活動である 特に文明の活動が将来にわたって持続できるかどうかを表す概念である持続可能性を組み込んだ国の幸福度を測る新たな指標である。(ウィキペディアより)

ミャンマーで、「理念ある政治」をめざし、戦ってきた一人の女性がいる。民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんだ。軍事政権から民政移管され新政府が発足し、スー・チーさんが表紙になった雑誌が書店に並ぶ時代がやっときた。
 ということで、今日は、ハンコックとショーターの演奏「アウン・サン・スー・チー」を聞きたいと思う。


Herbie Hancock, Wayne Shorter Aung San Suu Kyi Jazz Baltica 2004






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by spanky2011th | 2011-09-09 19:17 | 世相 妄想随談(音楽付き)