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ありきたりな魔法の話  第五章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら




第五章 山火事つかみ網
「パパ、とうとういねむり帽子の秘密がわかったわよ」
 娘のアイリがとびこんできて、新しい魔法品の開発に取り組んでいたギルに、だきついてきました。長男が生まれたときに取りかかったので、かれこれ30年ちかく研究してきたことになります。
 アイリはもう子供ではなく、すっかり成人した大人の魔女です。でも、魔法には興味がないらしく、大学は、普通の人たちが通う大学に通い、ミミズの研究に没頭していました。卒業後は、ある製薬会社の研究所につとめ、ミミズの研究をつづけています。
「とうとう見つけたの。ここのミミズの腸の中には特殊な細菌がいてね、その細菌が作り出す成分が、ここの山ブドウのあのいねむり効果をだしていたのよ。ミミズって、土をそのまま飲み込んで、栄養を吸い取って、うんちといっしょに土を外へ出すでしょ。そのうんちに、すべての秘密があったのよ。」
「うんちだったのか。そいつはすごいな。パパの魔法品も、もうすぐ完成しそうだ。そしたら、こんどは、そっちの研究をしてもらいたいものだな」
「パパ、じゃあ、とうとう山火事つかみ網ができあがるのね。やっと、親の敵討ちができるのね」
「ああ、そうだ。パパのお父さんとお母さんも、よろこんでくれるさ。二人が守ってくれたから、パパはいまも生きていられるのさ。でも、できることなら、生きていてほしかった。いまでも、生きてるお父さんとお母さんに、会いたいんだ」
 以前は、思い出すだけでも、気が狂うほどだったのに、時間がギルの心の傷もいやしてくれたのでしょうか、いまでは、そのことも少し話せるようになっていました。
「覚えておきなさい、アイリ。その内、お前も親になる。そのときは、どんなことがあっても、親は死んじゃいけないんだ。残された子が、ひどく苦しむことになるからな」
「うん、わかった」
 そんなことを話しているところへ、ベスがやってきました。ベスの顔半分には、赤いアザがあります。
「アイリ。いまは仕事中じゃなかったの? こんなところで、油売っていていいのかしら?」
 アイリは、この森のすぐ近くにある研究所で、森の秘密を研究する仕事をしているのでした。
「いま、昼休みだから、ちょっと抜け出してきただけよ。パパにすぐに伝えたいことがあったから。じゃあ、バイバイ」
 外へ飛び出すと、ほうきにのって、アイリは研究所へ戻っていきます。その後ろ姿を見て、
「あの子のほうきの乗り方、あいかわらず下手ねえ」
と、ベスがつぶやきました。それから、
「ねえ、あなた。やはり、この森にいる人たちを避難させましょうか」
 アザに手を当てながら、いいました。
「そうだな。この子たちが、なにが起こるのか、話してくれればいいのだが……」
 ギルもアザに手を当てました。
 四、五日前から、あざが不安にかられているのでした。それも、今までにないくらいの大きな不安におののいているのです。
 ギルとベスは、あざが不安がると、ふたりだけで、いろいろなことを話し合いました。
 あざは、いままでにもたくさん、悪いことを未然に防いでくれていました。
 具体的に何が起きるのか、知ることができません。そこで、ふたりは、いろいろな事態を想定し、いろいろなことを二人で話し合う。このやりかたで、いろいろなことを乗り越えてきたのです。
 たくさんの魔法使いで見張りをするという考えが浮かんだとき、あざの不安が収まったことがありました。そして、その通りにしたら、農薬をいねむりの森に撒こうとこっそりとほうきに乗ってきた魔法使いたちを捕まえたこともありました。
 とんでもなく大きな嵐が近づいてきたときには、どこか別の場所に一時的に逃げようと話したとき、あざのおびえが収まりました。それで、その通りにしたら、いねむり帽子の工房のうらの崖が崩れたことがありました。けが人はだれもでませんでした。
 今回は、いくら話し合っても、あざのおびえがなくならないので、対策の立てようがないのです。
 逃げ出そうと考えると、よけいにおびえるのでした。
 不審者の侵入に備えて、見張りを厳重にしようといっても、おびえるのでした。
 ただ、ギルが山火事つかみ網を完成させようと懸命に取り組んでいるときにだけ、おびえがいくらか弱くなるのでした。
 そこで、山火事対策として、山のあちこちに大きな池の用意もしてみました。でも、それではあざのおびえがなくならないのでした。
 いったい、なにが起きようとしているのか、まったく見当がつきません。
 とにかく用心するにこしたことはないので、ほぼ完成した山火事つかみ網を、外に出して、いつでも使えるようにしました。
「巨大クラゲの足で網を作り、ここのキキョウの葉の汁、カエルの目玉、毒蛇の脱皮した皮などにつけこんで、ようやく完成にこぎ着けた。
 山火事のいかりをすっぽり包み込んで、飲み込んでくれるはずなんだ。
 もっともっと大きくして、いねむりの森をすっぽりと包み込めるだけの大きさのものも、いずれ作ろうと思っているんだ」
 乾燥させてあるので、軽くなっているのですが、それでも山火事つかみ網は、かなりの重さになってしまいました。

「ねえ、あなた。ちょっと、空を飛んでみて、森のようすを見て回りましょうか」
「そうだな」
 二人はほうきに乗ると、ゆっくりと森の上空に出ました。一面に広がる森、その向こうに見える青い海。いまでは、森が、平野の大半を飲み込んでいて、海近くまで広がっていました。太陽が海の方に傾いていました。
 株式会社いねむり帽子の所有する森以外も、ほとんどが森になっていました。
 たくさんの人々が、この森の中に住居を構え、夏は涼しく、冬は暖かい森の中で暮らしています。
 森の上をモノレールが走り、森の枯れ葉が電気の元として使われ、森にすむ虫が貴重なたんぱく質になり、森の外とはちがった生活をしていました。
「あなた、あの雲!」
 ベスが指さした先には、渦を巻くような、太くて黒っぽい柱のような雲があったのです。
「へんな雲だな」
「いやな予感がします。みんなに声をかけて、ここからにげましょう」
「そうしよう。いつもだと賑やかな鳥たちも、どこかへ逃げてしまったみたいだ」
 そう話していた時、森の下の大地が、グオーオーンと音をたてて、ゆれだしました。そして、森のあちこちから伸びている風力発電所のポールが大きくフリコのようにゆれだし、何本かが倒れていきました。
「山火事はだいじょうぶかしら」
 ほうきにのったふたりが、森の上空を飛んで見て回っていると、海の一部が壁のように突然盛り上がりました。
「大変だ。津波が押し寄せてくる。こどもたちを、みんなを、まもるんだ」
 そう叫ぶと、ギルはすごい勢いで、山へ戻っていきます。
「なにをやるつもりなのですか」
 ベスも追いかけていきました。
 二人が戻ったのは、山火事つかみ網のところでした。ギルは杖で網のかたまりを宙に浮かせると、ロープをつかみほうきにのりました。
「ベス、そっちのロープを持ってくれ。これを海に運ぶぞ」
「これで、津波をふせげるのですか」
「ああ、ふせげるはずだ。これは火を消すだけの道具じゃないんだ。地水火風の怒りを鎮めてくれる魔法の網。大自然がときどき見せる、とんでもない怒りを弱めてくれる魔法の網。怒りをわしづかみにして、けっして離さないはずなんだ」
 こんなにも確信に満ちた口調でしゃべるギルを、ベスははじめてみました。
 以前のたよりないギルは、どこにもいません。それでいて、ギルは、少しも変わっていないのです。
「はい」
 ベスは、ロープを一本つかむと、ほうきにのりました。
「ベス、危ないことはないはずだが、あぶないと思ったら、すぐに逃げるんだぞ。ぼくたちはどんなことがあっても、死んじゃいけないんだ。子供を守るために親が死んでしまったら、子供は地獄にいるのと同じ苦しみを味わうんだ。いいな」
「はい、あなた」
 網を大きく広げて、二人は海へむかいました。
 第一陣の津波の壁が、今にも、岸に到着しようとしていました。
「少し高度を下げるぞ」
「はい」
 何十キロ、何百キロもつづく津波の壁を目にすると、自分たちのちっぽけさをつくづくと感じました。
津波の壁が迫ってきたとき、ギルはロープを放しました。ベスも放しました。そして、ふたりとも、高度をあげて、安全な所へ舞い上がりました。
 網はふわりと海へ落ちていき、津波の壁の一部を包み込みました。包みこめたのは、わずか数キロです。
網をかぶせられたところでは、海が、捕らえられた野獣のように暴れまわっていますが、前に進めずにいました。
「あなた。完成ですね」
 ベスが近くに飛んできました。
「一応は完成したみたいだが、失敗だな」
 いねむりの森はどうにか守れそうですが、それ以外のところは、みんな津波にやられてしまっていました。防風林は流され、建物は流され、自動車は流されているところでした。ギルが見ていたのは、そっちだったのです。
「あざは、何日も前から、これを教えてくれていたのに、ぼくは、山火事のことばかりにに気を取られていた」
「こんどは、それを研究しましょう、あなた」
 そう言っているところへ、津波の二陣がおそってきました。
 網に捕まった津波が、また、前に進めずに、網の中で暴れ、もがき、のたうちまわっています。意思をもった生き物のようです。
 とつぜん、ギルのそばをとんでいたベスの姿が消えました。
 見ると、網をつきやぶった海が、太い腕をのばしてベスをひっつかみ、海に引きずり込もうとしていました。引きずり込まれたら、二度と戻れないでしょう。
「ベス!」
 ギルは、やはり自分は呪われていたのだ、と一瞬思いました。自分の大切な人は、自分の巻き添えをくって、命を落としていくのだ、と。
ギルは、
「親は死んではいけないのだ」
と、叫ぶと、網の切れ目へと、ほうきのまま、突っ込んでいきました。自分も親であることを、そのときは忘れていました。

 娘のアイリは研究所の中で、地震にあいました。机からパソコンは落ち、ミミズの飼育槽はこわれ、分析器は台から吹っ飛び、とんでもないありさまです。
 床にこぼれたミミズを拾い集めていると、放送で、
「津波が迫ってきております。全員、落ち着いて、屋上へ避難してください」
というので、ミミズはあきらめて、階段をのぼっていきました。
 屋上に続々と職員があつまってきました。
「あれは、アイリ研究員のお父さんのお母さんではないのですか」
 ふたりは、ほうきにのって、一辺が数キロもありそうな、とんでもなく大きくて白い網を広げて、海に向かって飛んでいるところでした。山火事つかみ網で、なにをしようとしているのかしら、と思っていると、ふたりは網を海に落としました。
 海にできた水の壁が、こちらに押し掛けてきていますが、網のところへくると、壁がそこだけ消え失せてしまいました。
「パパ、やっぱりすごいものを発明していたのね」
 アイリにとって、パパは自慢のパパでした。
 自慢したい気持ちで、
「あれは、山火事つかみ網っていうのよ。パパがいねむりの森を守るため、30年かけてつくりあげたものよ」
アイリは説明しようと思いましたが、同僚の仲間たちがさけびました。
「見てみろ。とんでもないことになってるぞ」
 森には津波は押し寄せませんでしたが、森以外には、すべてを飲み込むようにして、津波が押し寄せていて、研究所も水に囲まれてしまいました。
 アイリは、ほうきにのると、助けを求めている人をさがしはじめました。研究員でほうきを使えるのは、アイリひとりでした。
 流される家にしがみついている人、自動車とともに流される人、そういう人を見つけては、ほうきに乗せ、研究所の屋上へ運んでいると、屋上から、
「アイリ。大変だ。お母さんが、海につかまったぞ」
と、叫んでいました。海に目をやると、ほうきごと、海に突入するギルの姿が、目に飛び込んできました。
「いやあ! パパ、死んじゃいや」
 アイリは、ほうきの上で、叫びをあげました。

 息子のダドも、このとき、ほうきにのっていました。ふたりが、大きな網を広げて空を飛んでいるのを目撃して、あわててほうきに飛び乗り、ふたりのあとを追いかけたのです。なにか、手助けすることがないか、と思ったからです。
 友達のハチたちの集団をひきつれています。
 網のところへようやくたどり着いたとき、目の前で、母親が海に捕まり、引きづり込まれるのを目の当たりにしました。そして、その次に、母親の消えたのところへ父親が飛び込んでいくのを見ました。
「生きててくれ。助け出すから、生きててくれ」
 ダドは、あわてました。山火事つかみ網の下は、どす黒くなった海があって、渦巻き、泡立ち、まるで、何万という軟体動物がからみあい、うごめき合っているみたいで、どこに両親がいるのか、わかりません。
 見つけることができれば、なんとか、魔法で浮かび上がらせることも可能でしょう。
 ダドがぴーっと指笛を鳴らすと、ハチたちが集まりだしました。
「一生のお願いだ。お父さんとお母さんを、この海から探し出してくれ」
 ダドのことばを理解すると、何万というハチたちが、海一面に散らばりました。
 ハチたちは、海の中を覗き込もうとしては、つぎつぎと波に捕まっていきますが、それでもやめようとしません。
「死なないでくれ。お願いだ」
 ほうきにのりながら、ダドは、天に祈りました。

 ベスといっしょに海に飛び込んだギルは、すぐさま、ベスのからだを抱え込みました。怒りにふるえる海は、二人を引き離そうと、すごい力で別々の方へ流そうとしました。
 ギルは、なんとか、ベスだけでも助けようと、海面に出ようともがきましたが、あまりにすさまじい海の怒りにもみくちゃにされ、どちらが上で、どちらが下かもわからないありさまでした。
 自分にはやはり呪いがかかっていたのだ。その呪いとは、自分の愛する者を奪い去るというものです。あの一瞬もやむことのない苦しみの日々を終わらせてくれたのが、この自分には不釣り合いなベス。そう思うと、どうしても、妻だけは助けなくてはならない。そう思うのでした。
 息がしだいに苦しくなってきました。もっても、あとわずかです。心が弱気になってきたとき、ドゥワーン、ゴォワーンとうなる海の音の中に、
「パパ、死んじゃいや」
という娘の声が聞こえました。
 ギルは、生まれたアイリと初めて顔を合わせた時の、この世のものとは思えない笑顔を思い出しました。あのいかにもうれしそうで、信頼しきった、つぶらな瞳。
「アイリに、もう一度会いたいな」
 そう思った瞬間、ギルのやけただれた皮膚が、銀色に光り出しました。
 光だと思ったのは、空気の粒でした。空気が勢いよく皮膚から噴き出して、たちまちにギルとベスを包み込んでいきます。
 ギルは、ベスの背中をたたいて、飲み込んでしまった海水を吐き出させました。
「死なないでくれ。お願いだ」
と呼びかける自分の声に、息子の声が重なってきました。
 ギルは、ハチと無邪気に遊ぶ息子の、はじけるような笑い声を思い出しました。形も重さもない笑い声が、どんな宝石よりも貴いものに思えました。
「あの笑い声、もう一度、聞きたいな」
 そう思ったとき、ギルの皮膚が透明になりました。
 透き通ったと思ったものは、水でした。ギルの皮膚から透明な水がつぎからつぎへと湧きだして、体をつたわって足もとにたまり、その水が空気の周りを包み込みました。
 周りでは、どす黒い怒りの海たちが、透明な水に包まれた空気のかたまりを破ろうと、もみくちゃにしています。
「あなた、これは?」
 息を吹き返したベスが、ギルにしがみつきながら、たずねました。
「ぼくのお父さんとお母さんが最後に使った魔法だよ。」
 あの日、とても大きな山火事はとつぜんおきたのでした。ほうきなど、あっという間に燃やし尽くしてしまい、逃げる手だてを失った両親は、子供だったギルをまもるため、ギルをだきしめた母親は魔法で空気に変わり、そのギルと母親を抱きしめた父親は水になって、ふたりを守ろうとしたのでした。
 ギルはおかげで命は助かりましたが、目の前で、愛する母親と父親が焼け死んでいくのを見なくてはいけない羽目になったのです。
 悪夢にうなされる日々を過ごさなければならなくなったのです。
 海の怒りが静まりだすと、二人を包んだ大きな泡は、上へ上へと向かっていきました。上には網がおおっているので、まだ安心はできないな、と思っていると、大きな泡につつまれた二人は、海面に出ました。
 網はハチたちによって破られ、そして、二人をいれた泡は、しゃぼん玉のように空に舞い上がったのです。
海はすっかり夕暮れで、東の空に、いつもより大きな満月が出かかっていました。そして、薄明かりの中を、ほうきにのったダドとアイリが自分たちの周りを飛んでいて、自分たちの向けて杖をつきだしていました。ハチたちも、いっしょに回っているので、まるで黄色い雲がうずまいているみたいでした。

「ベス、ぼくたちをすくってくれたのは、あの子たちだよ」
「あなたのお父さんとお母さんじゃないのですか」
「たしかに、子供のぼくを救ったのは、お父さんとお母さんだったけど、こんどはちがう。
ぼくのやけどした肌が記憶していた魔法を、あいつらがよみがえらしたんだ。あの二人が、もっともありきたりな魔法で、ぼくらを動かしているんだ」
「あの子たちが、あたしたちに魔法を?」
「覚えているだろう、あの子たちを初めて見たときのことを」
「忘れるものですか」
「あのときに、しあわせそうに笑って、ぼくたちに魔法をかけたのさ」
「そういえばそうね。鳥も、犬も、リスも、いろいろな動物が使うありきたりな魔法ね」
 こども二人が、木や建物を浮かべた海を見下ろしながら、両親をつつみこんだシャボン玉を、研究所の屋上へ運ぼうとしているみたいでした。空気をつつだ透明な水に、満月が映っています。
「みんな、ふじでなによりでしたね」
「ああ」
 ベスは、いつも長いローブを着て、やけどの跡を見せまいとしているギルの手をにぎりました。その手も、やけどの跡がのこっています。
 やけどの跡の残ったギルの皮膚、これほど美しいものは、この世にはないのではないのか。どんな宝石よりも、これほど尊いものはないのではないのか。ベスはそう思いました。
 両親を亡くした苦しみが、いねむり帽子のような素晴らしいものをうみ出していく。
 自分にかかっていると信じていた呪いは、実は呪いではなく、とんでもなく素晴らしい魔法でした。ありきたりの魔法が、どんな魔法よりも信じられない奇跡を起こしていく。
 だれでもが使うありきたりの魔法。息をする。水を飲む。泣いて、笑う。人を好きになり、いずれ別れることとなる。そんなありきたりのことに、たくさんの魔法がひそんでいる。
 そして、それが、ときには、信じられないような奇跡を起こしていく。
 生きていくということは、ありきたりな魔法を、一個一個、ていねいに確認していくことではないのか。そして、おそらくその魔法は、魔法だとも感じられず、ありきたりなこととして、忘れ去られていくのでしょう。
 ベスは、いねむり山に来てからずっと感じ続けていたほこほこした幸せの姿を、はっきりと見た気がしました。
               (おわり)

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by spanky2011th | 2012-07-12 18:21 | 中編 ありきたりな魔法の話

ありきたりな魔法の話  第四章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら



第四章 へんなペット
「ママ、どうしてハチはよくて、ミミズはペットにしちゃいけないの?」
 二人目の子供アイリも、ちょっと変わった子でした。揺りかごをおりたころから、ダンゴムシやゲジゲジなど、土の中の生き物にやたらと興味をもったのです。
 いくら魔法薬の調合のときには、そういうものは必要だといっても、ふだんから見たい生き物ではありません。
これが、長男が大好きなハチのような生き物なら、黄色と黒のしましまがきれいだから、ペットにしたいという気持ちも理解できます。
「黒ネコやフクロウ、蛇、ネズミ、毒グモの方が、魔女らしくていいんじゃないかしら」
「そんなのじゃつまんないよ。ミミズがいいの」
「ミミズがペットにできるわけないでしょ。だめなものはだめ。そんなことより、ほうきには乗れるようになったの。自転車と同じで、いま、覚えてしまえば、一生、忘れることがないのよ」
「いーだ。ママのいじわる。遠くに行くなら、飛行機にのれば寒くないし、電車や自動車に乗せてもらう手もあるでしょ」
 アイリは憎まれ口をたたくと、走ってどこかへ行ってしまいました。
 ギルが心配していた呪いは、ありませんでした。それどころか、ベスが心配していた病気も、発症しませんでした。
 母親がかかって亡くなった病は、魔女特有の遺伝的なもので、母から娘へ、かなり高い確率で遺伝するものでした。魔力をもつ子供を産むと、母親の魔力が弱まり、抵抗力がなくなって発症するというものでした。
でも、とんでもなく大きなものに守られているような気がしていたので、ベスは安心して二人目の子供も産みました。
 そして、その病も発症もせずに、今日まで来ました。ここまで大丈夫なら、もう安心です。
 ベスは、ほんとうに、自分は幸運に恵まれていると思いました。幸せすぎて、こわいくらいでした。
 ギルを悩まし続けてきたあの発作のともなう悪夢も、いまでは、めったにあらわれません。
 ギルから両親を奪い、ギルに大やけどを負わせた山火事の夢だということは、なんとなくわかりましたが、くわしく聞いたことはありません。

 いねむり山はブドウ園にならずに、いまは、いろいろな果樹や草花が生えている雑木林になっていました。専門用語で混植というそうですが、果樹園が一つの病気の流行で全滅するようなことはありません。
 山のところどころには、風力発電所も作られました。
 宅配箒の会社のように、あからさまに嫌がらせをしてくるところもありました。悪い評判を立てられたこともありました。森に火を放たれたこともありました。
 とくに、宅配箒がいやがらせをしてきたときには、ほんとうに困ってしまいました。注文はたくさんありました。でも届ける方法がなかったです。
 そして、いねむり山の商品そっくりの商品を売りに出すといういやがらせもされました。
 でも、山ブドウが少しずつ成長していくように、ベスたちの会社は少しずつ、少しずつ大きくなっていきました。
山の近くに住む人たちも、自分の果樹園や畑、庭を雑木林にして、山ブドウを植えだしました。まるで、山の森が、周りを飲み込んでいくみたいに、森はどんどんひろがっていったのです。
 そして、だれいうともなく、その一帯を「いねむりの森」と呼ぶようになっていました。
 いねむりの森には、金属で作られた高架歩道がつくられ、季節季節のくだものや花やきのこや木の実が収穫され、欲しいという人の所へ届けられていきます。
 いずれもたくさんはとれません。しかし、とてもおいしいのでした。どれも、無農薬で、安心して食べれるものばかりでした。
 さらに、息子が趣味で始めた養蜂がすばらしくおいしい蜂蜜をもたらしてくれ、いまでは株式会社の大事な収入源になっていました。
「もし、あの時、あの人たちの誘いにのっていたら……」
 それを思うと、ベスは、ときどき、ぞっとします。
 あの会社は、利益のためには平気で、どんなことでもするからです。事実、宅配箒は、配達の仕事をしていた人をほとんど失業者にしてしまったので、社会的な大問題になったくらいです。
「社長、いねむりの森ツアーの計画ができましたので、目を通していただけないでしょうか」
 赤ん坊を載せた空中ゆりかごのひもを引っ張りながら、ルルがやってきて、いいました。
 ルルは、クリスと結婚し、子供もできて、幸せそうです。
「安全は大丈夫ですね。遊歩道から落ちてもだいしょうぶなように、毒ヘビのいないコースを選んでいますよね」
「ええ。もちろんです。ガイドさんも、しっかり選んであります」
「わかりました。もう少し、森の様子を見てから、もどります」
 ベスは社長とはいえ、けっしてぜいたくな暮らしはしていません。
それは、社長ですから、ほかの人よりは多くはもらっていますが、ほとんどが、ギルの次の魔法品の研究費に消えていってしまうのでした。
 でも、ベスは満足でした。このいねむりの森でよろこんで仕事をして生活している人たちや、いねむりの森の製品をよろこんでくれる人たちがいる。この事実だけでも、十分でした。

 森というのは、ふしぎです。いろいろな生き物が雑然として、それでいて絶妙なバランスをとって生きているのです。そんなことを思いながら歩いていると、
「社長、家に戻ってください。大変なことになっていますよ」
 赤ん坊を空に浮かせて、あわてて走りこんできたルルがそういったので、ほうきをつかむと、
「ルル、いそいで、のりなさい」
ベスはルルをのせると、ゆっくりと箒を浮かせていき、森の上にでました。
 上空から見るいねむりの森は、どこも緑ゆたかで、木々の間からニョキッと風力発電所のポールがでています。ブーン、ブーンと音を立てて回る大きな白い羽根も、とてもきれいだと思うのでした。
「どうしたのですか?」
「お嬢さんが、家の中を、とんでもない匂いでいっぱいにしてしまっているのです」
 ケガでもしたのかと思ったので、ややホッとしました。
「どんな匂いなんですか?」
「とても、生臭くて、とにかくひどいにおいで、あたりにいる人がみんな逃げ出してしまってたくらいの匂いなのです」
 家が近付いてくると、たしかにひどい匂いが立ち込めていました。
 中に入ると、二階のこども部屋から、アイリの泣き声が聞こえてきました。
 ベスは吐き気をこらえながら、二階へのぼっていきました。
 アイリの部屋には、大きな釜がおいてあり、その前で、どろんこだらけのアイリが、
「わたしのミミズちゃんたちがみんな死んじゃったあ」
と、泣きわめいていました。
 ミミズちゃんたち?
 ベスにも、なにが起きたか、すぐに理解しました。
 ベスは窓を開けて中にこもっている匂いを外に出しましたが、とにかくひどい匂いで、クラクラと目まいがするほど。
 ベスは、杖をふるうと、大量の泥水とミミズの死骸を中に入れている釜を浮かせると、窓から外へだしました。
「アイリ。ダメっていったでしょ。どうして、ミミズなんてペットにしたいの?」
「だって、お兄ちゃんは、ハチをペットにしているじゃないの。どうして、アイリはペットをもっちゃいけないの」
 アイリは泣きながら、自分の意見を主張します。
「だから、ミミズではなく、黒ネコとか、フクロウとか、他の生き物にしなさい」
「やだもん。やだもん。どうして、ミミズじゃいけないの」
 タダをこねているアイリに手を焼いていると、
「このひどい匂いは、いったい、どうしたというのだ」
 新魔法の開発に没頭しているギルが、顔を出しました。
「あなた。アイリを叱ってください。わがままをいってきかないのです」
「ところで、アイリ。いったい、どうしたというのだ」
「ペットにしようとしたミミズちゃんたちが、みんな、死んじゃったの。釜の泥水に移し替えたら、みんな、死んじゃったの」
 アイリのその答えを聞いたとたん、すさまじい剣幕で、
「こら、アイリ。なんてことをしたんだ。それは、死んだのではなく、お前が殺したんだ。ミミズたちは、何ひとつ悪いこともしてないのに、お前が殺してしまったのだぞ」
 死んだのではなく、殺してしまったと聞いて、アイリはびっくりし、それから、すさまじい声で大泣きを始めました。
 アイリは泣いて、泣いて、泣き続け、涙が枯れはて、疲れ果てた時、
「埋めてあげよう、アイリ」
 ギルとアイリは、大きくて深い穴を掘ると、その中にミミズたちを流し込み、その上に土をかぶせました。
「ごめんなさい、ミミズさんたち。本当にごめんなさい」
 そうあやまるアイリに、ギルが、
「もう二度と、飼い方がわからないのに、生き物をペットにしようとするんじゃないぞ」
と、注意しています。
「うん、わかりました。飼い方がわかるまで、もう、二度と、ミミズをペットにしません」
「よし、いい子だ」
 それを聞いて、ベスはおどろきました。
「あなた、なにをいってるの。ミミズがペットになるわけ、ないじゃないですか」
「えっ、そうなのかい。ペットになるかもしれないじゃないか」
「なりません。それに、どんな役にたつというのですか」
「そんなこと、やってみなくてはわからないではないですか」
「あなたは、ペットなんて飼ったことがないから、わからないのです」
「ベス。いままで内緒にしていたけど、ぼくはペットを飼っているんだ。君が気味悪がるだろうから、ずっと秘密にしていたんだ。ごめんなさい」
 ギルのことはなんでも知っているつもりでしたから、ベスは非常におどろきました。それにしても、結婚してからいままで秘密にできるペットなんているのでしょうか。
「あなた、本当なの? 本当なら、教えて」
「君、気味悪がらない?」
「ええ、気味悪がりません」
「捨てなさい、なんていわない?」
「いいません。だから、教えて」
「わかりました。おどろかないでね」
 そういうと、ギルは顔の赤いあざに手をやると、ゆっくりとあざをはがしました。あざの下から、ただれた皮膚が出てきました。それから、また、元の場所にもどしました。
「この森のどこかにいたコケかカビの一種だと思うんだけど、山火事で大やけどをしたぼくの皮膚にすみついて、ヒリヒリする痛みをやわらげくれたんだ。
 それだけじゃない。悪いことが起きそうなとき、これはおびえるんだ。ずっと前のことだけど、宅配箒が株式会社をつくらないかといってきたとき、ぼくが反対したことがあるね。本当のことをいうと、ぼくもすごいアイデアだと思って賛成だったんだけど、これがおびえて、おびえて、悪いことが起きそうだと教えてくれたんだ」
 ベスは、あざに手を当てていたギルの姿を思い出しました。そして、それといっしょに、はじめて会った時にも、ベスからプロポーズしたときにも、あざに手をあてていたことを思い出しました。
「あなた。まさか、あざに結婚を決めてもらったわけじゃないでしょうね」
「それはちがうよ。これは君をこわがっていたんだ。きみはきれいだから、見た目がみにくいものの気持ちを理解できないからね。もし、これが君の顔にできたら、君は迷うことなく、これを取って捨ててしまうだろう。皮膚からはがされたら、これは死んでしまうんだ。たぶん、この世でいちばんか弱くて、いちばん臆病な生き物だから、悪いことが起きそうなときに、ひどくおびえるんだ。そして、このぼくに逃げ出せ、っておしえてくれるのさ」
 一生けん命弁解するギルを見ていたら、ベスは笑いだしたくなりました。それをこらえると、
「まったく、あなたときたら、へんなんだから。ありもしない呪いにおびえたり、あなたの大事にしているペットをわたしが捨てると思ったり。さあ、ウソかどうか、ためしてみましょう」
 そういうと、ベスは、ギルのあざのあるほほに、自分のほほをくっつけました。

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by spanky2011th | 2012-07-12 18:19 | 中編 ありきたりな魔法の話

ありきたりな魔法の話  第三章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら


第三章 株式会社いねむり帽子
 ベスの背中には生まれたばかりの赤ん坊のダドがいました。ベスと同じ茶色い髪の男の子です。
 空中に浮かんだゆりかごの中で、ダドは、ぶーぶーといいながら楽しそうにハチと遊んでいます。ふしぎな赤ん坊で、ハチは刺そうとしないのです。
 呪いなんて、ありませんでした。ベスとギルの間には赤ん坊が生まれ、ベスは毎日がほこほこした気持でいっぱいです。
「今年のムラサキハナナは、いつもより花の色がうすくないかしら」
「ほんと、少し心配ね」
 ベスといっしょに、いねむり山で花つみをしているのはルルという人間の女の子です。
「こんなことじゃ、いつになっても注文をさばききれないわね。もっと人手をふやせないものかしら。ねえ、おかみさん」
 いねむり帽子は、作っても、作っても、注文に追いつけないほどの人気商品になっていました。ですので、いまでは、何人もの人を雇って、作る手助けをしてもらっていました。
「それにしても、世の中にはお金持ちがずいぶんといるのね。だって、いねむり帽子は一個で、自動車が二、三台買えてしまうんですもの。わたしも、いねむり帽子が買えるようなお金持ちになりたいなあ」
 ルルがそういうと、ベスは、まったくその通りだと思いながらも、
「ぜいたくいうものじゃありませんよ、ルル。この山で、あの帽子をもっているのは、うちのだんなだけ。あたしだって、ときどき、あの人のを借りて使うだけで、自分用のはないんですからね」
と、いってから、
「でも、いねむり帽子が必要なときには、いつでも使えるじゃないの。それでいいんじゃないかしら」
といいました。
「ほんと、ここで働いていて一番いいのは、その点ですね。リクライニグチェアでいねむり帽子をかぶっての休憩時間がなかったら、もっと、給料のいいところへ移って行く人もいるんじゃないかしら、おかみさん」
「ごめんなさいね。あんまり給料が払えなくて。わたしも、もっと払いたいんだけど、やはり、ちょっと無理なのよ」
「わかってますよ。おかみさんと社長は、あたしたちより質素に暮らしているんですもの。おかみさん、さあ、もう少しの踏ん張りですよ」
「ほんと、みんなには感謝してるのよ。すごく手間のかかる仕事を、安い給料でやってくださっているんだもの。たぶん、もう一台、自動車が買えるくらいなら、値上げしても売れるとは思うけど、それだけはどうしてもやりたくいの」
 ルルは、物おじしない、なんでもスバズバはっきりとものをいう、人間の女の子でした。
「はい。はい。わかってますよ。これをほんとうに必要としている人に届けたいんでしょ。それに、これ以上高くなったら、ますます、自分のための帽子が遠のいちゃうもの。あたしがほしいもの、それはいねむり帽子と、すてきな旦那さん。おかみさんとだんなさんを見てると、仲がいいんで、あたしも早く結婚したくなっちゃうのよ」
「あなた、まだ、十六歳でしょ。あせる必要なんてぜんぜんないわよ。そのうち、この人だと思う人があらわれますから」
「それは、魔女としての予言ですか?」
「あなたより長く生きてきた経験よ。そのときは、勇気を出して飛び込んでいくのよ。見掛けとか、家柄とか、そういうのじゃなくて、その中身を両目を見開いて見つめて、この人だと思ったら、飛び込むのよ。幸せにするよ、なんて甘い言葉にだまされちゃダメ。幸せは、こっちからつかみ取りにいくものなのよ」
 ベスがそういうと、ルルはにやにや笑いながら、
「はい、はい。おかみさんが旦那さんのところへ押しかけてきて、そのままいすわったということは、ここらへんで知らない人はいませんものね。どうして、あんな美女が、野獣みたいな人と、評判でしたもの。だけど、こうして一緒に働いてみたら、野獣はおかみさんで、美女が旦那様の方でしたけどね」
「いったわね」
 手をあげてぶつまねをすると、
「キャー」
といって逃げていくルルを、ベスは優しい目で見つめました。
 とつぜん、宙に浮かんでいるゆりかごの中で、赤ん坊が泣き出しました。
「あら、あら、たいへん。おっぱいの時間になったのね」
 だっこして、赤ん坊にお乳をあげていると、バタバタとすさまじい音を立てて、ヘリコプターが一台、近づいてきました。
 ヘリコプターは、ギルのいる山小屋のすぐそばへ降りていきました。
「ルル。はやく戻っていらっしゃい」
 木に立てかけてあった帚をひっつかむと、ベスはまたがりました。後ろにルルをのせ、
「ゆりかご、お願いね」
 ゆりかごを手渡すと、急いで、山小屋へ戻ることにしました。

 ベスが住んでいた小さな山小屋は取りこわされて、大きな山小屋が作られて、いねむり帽子の仕事は、そこで行われていました。
 入ってすぐのところに、お客さんとの商談用に使われる大きなテーブルが置いてありました。
 そこで、ベスが雇い入れたクリフ青年が、突然の訪問客の相手をしてくれていました。
「だいたいのお話はわかりましたが、そういうことは、みんな、おかみさんが決めることになっておりまして、だんなさんはそういうお話はしないことになっておりますので」
「そういわずに、あわせてもらえないでしょうか。いねむり帽子の特許を持っているのも、このいねむり山をもっているのも、ギルさまだということは、世間で知らないものはいないのですよ。ちょくせつ、お話しさせていただくのが、やはり、一番の近道だと、わたしは思うのですけれども。損な話ではないはずです。いや、良い話のはずです」
 そんな押し問答をやっているところへ、ベスが戻ってきたのでした。
「どうも、お待たせいたしました。なにか、不都合でもありましたでしょうか」
「よかった。おかみさんがもどってきましたよ」
 クリスは、訪問客の相手をベスにゆだねると、ひっこみました。
「これは、これは、ベスさんではないですか。お久しぶりです」
 許可局時代に何度か会ったことのある人が、あいさつしてきました。
ヘリコプターでやってきたのは、全部で五人でした。みんな、仕立てのいい背広を着込んでいて、みんな、きびきびと動いていて、みんな、頭の良さそうな人ばかりでした。
ベスに挨拶してきたのは、ベスと同じ年齢くらいの人でした。
「あなたはたしか、どこかの会社で、魔法技術担当者をやっていた方で、ええと、お名前は……」
「ドリーです。顔だけでも覚えていてくれていたとは、感激です。魔法特許に関係する人の間では、ベスさんは有名人でしたからね。
結婚していらしたのですね。おめでとうございます」
 とつぜんの訪問客は、山小屋に入ってくるなり、たくさんの書類や設計図をテーブルにひろげ、これからの計画をことこまかく説明し出したので、どう対応したらいいのかわからず、クリスは困っているところでした。
 ベスにあとは任せて、自分の仕事に戻ろうとしたら、
「クリスさんは残ってください。あなたは、わたしの片腕ですから、いっしょに話をきいてください」
 男たちは、とても大きな企業の重役でした。その会社は、いろいろなものを販売している有名な会社でしたが、
「今回、宅配箒という画期的な魔法特許を収得しました。パソコンで注文を受け、たちまちにお客様のところへ届けられるようにするというものです。
 今までと違う点は、箒には魔法使いも魔女も乗せず、宇宙をとんでる人工衛星で、すべての操作が自動でおこなわれる点です。
 ものを販売してすぐに届けるだけではありません。連絡を一本くれれば、いちばん近くにいる宅配箒がすぐ飛んできて、荷物を受け取り、目的地へ届けにいくというものでした。
「扱わせていただきたいのは、こちらのいねむり帽子はもちろんですが、こちらで作られる山ブドウのかごバック、山ブドウジャム、山桃ジャムなどなど、すべてを扱わせてもらいたいと思っています。
 いまや、いねむり山といえば、知る人ぞ知る優良ブランドです。
 そこで提案なのですが、「株式会社いねむり山」として、もっと近代化した経営をされたらいかがでしょうか。
 こちらが、そのプロジェクトの計画書です。この山全部を山ブドウ園にしてしまえば、いねむり帽子ももっとたくさん生産できます。機械化できるところは、機械に任せましょう」
 ほんとうによく練られた計画でした。ベスは、話を聞いていて、これなら間違いなく成功するだろう、と思いました。
 そして、成功すれば、みんなの給料を高くしてあげられるな、と思うのでした。
「クリスさんは、この話、どう思いますか」
「すごく、いい話だと思います。ただ、それを実行するには、たいへんな費用がかかります。今は無理です。とてもでありませんが、そんな余裕はありません」
「やはり、そう思いますか。わたしも、同じ意見です」

 クリスはとても頭のいい青年で、毎年毎年植える山ブドウの計画を立ててもらってたり、新しく始めたかごバッグの販売などのやってもらっています。
 いねむり帽子には、十年物の山ブドウの皮しか使えません。しかも、いろいろな加工をほどこして、その結果、いねむりの効果が出るのはほんの少し。
 使わなかったものを捨ててしまうのはもったいないとルルがいいだして、無駄になった山ブドウの皮でバッグを編んでみました。「わたしがつくりました」とルルの写真といっしょにバックの写真をのせて、パソコンのホームページで売ってみたのです。そしたらこれが評判がよくて、次のバッグはいつ販売するのですか、と問い合わせが殺到したくらいでした。
 山ブドウと山桃のジャムも、ひょいとしたしたことで思いつき、売り出してみたら、人気になっていったのです。
ベスのところで働く人は、こうやって、ひとり、またひとりと増えていったのでした。
 そして、いねむりブランドとして、ちょっと高い値段だけど、安心できて品質がいいと人気がでてきたのです。
いねむり帽子の特許は、公開されているので、ほかの人たちも同じ手順で作るようになりました。でも、それらには、あの幸せいっぱいのいねむり効果が出ませんでした。
 「うたたね帽子」「いねむり用帽子」などといった名前で模造品が作られたりしたので、ベスは、「いねむり帽子は、何人もの人にいねむり効果があらわれるのを確かめてから、出荷しております。類似品にご注意ください」と注意をよびかけなくてはならないほどでした。

「とにかく、ここの製品は、手間ばかりがかかって、どうしても値段が高くなってしまうのよね。とくに、山ブドウが問題なのよ。なぜ、この山の山ブドウでなくてはいけないのかしら。山ブドウ園にしてしまえば、もっとたくさん、山ブドウの皮が手に入るわね。そうすれば、予約待ちしている人にも待たせないですむし、あなたがたにも、労働に見合うだけの給料が払えるようになるわね」
「ぼくもそう思います」
「でも、設備を近代化するにも、お金がないのよねえ……」
 ベスがぼそっとつぶやいたとき、五人の男の中の一番年齢のいった男の人が、
「その解決法はありますよ、ご心配なく。株式会社にすれば、すべての問題は解決します。
必要な金額は、株式で集め、利益が出たら、株主に分けてあげればいいのです。
私どもは、その株のすべてを引き受けさせてもらう用意があります。もちろん、利益はとうぶんはでないでしょう。それでもかまわないのです。
 ここで作られた製品を扱わせてもらえるだけで、十分にうちにはメリットがございますので」
 ベスも、株式会社の仕組みは、だいたいむ知っています。でも、自分で会社をおこすなどいうことは考えたともありませんでした。
「クリスさんは、どう考えますか」
「わたしは、賛成です。そうしましょうよ、おかみさん。あのすばらしいいねむり帽子が、もっと、もっと作れるのですよ。必要としている人に、早く届けたいではないですか」
「あなたならそういうと、思っていたわ。でも、これは、自分の判断だけでは、決められないわね。あの人と相談してみなくてはいけないわね」
「だんなさまが、おかみさんに反対するわけがないじゃないですか。いままでも、すべておかみさんまかせだったのですから」
 ふたりは、善は急げとばかりに、ギルがこもって仕事をしている小屋に向かいました。そのあとに、ヘリコプターでやってきたひとたちも、ぞろぞろとついていきました。
 扉をあけると、中から、海の匂いがぷーんと流れてきました。いま、ギルがとりかかっている魔法特許品は、山火事をふせぐものだそうです。火を抑えつけるものとして、海で取れるものを材料にしているので、こんな匂いがこもってしまっているのでした。
 コンブやクジラのひげなどをいろんな薬品につけていたギルが、顔を挙げました。
 そのとき、後ろについてきた五人の中の一人が、
「えっ」
と、小さく驚きの声を挙げました。
 それを小耳にしたベスは、心の中で、「いやなやつ」と毒づきました。なぜ彼が、驚きの声を上げたか、その理由がわかったからです。顔のやけどやあざを見て、きっと、醜いと思ったはず。
 怒鳴りつけたい気持ちをこらえると、いねむり山で働いている人たちの顔を思い浮かべて、
「こちらの方たちが、とてもいい話を持ってきてくださったのです」
 ベスは、要領よく計画のことを話して行きました。
「株式会社にすれば、簡単にお金を集めることができるのですよ。そうすれば、ここが抱えている問題も、簡単に解決できるのよ」
 ベスはすぐに賛成してくれるものと思っていたのに、あざに手をあてたまま、ギルは考え込んでしまいました。
 長く考えた末に、たった一言、
「株式会社にするのには反対です」
というと、ギルはまただまりこんでしまいました。
 ヘリコプターでやってきた男たちが、次から次へと、ギルの説得にかかりました。でも、ギルはだまったまま、じっと話に耳を傾けるだけで、反論も質問もしません。
 一時間がたっても、
「だめなものはだめです」
 二時間たっても、
「だめです」
 三時間説得しても、ギルはがんこにウンといいません。
 世間知らずなところはありますが、決して、ギルは馬鹿ではありません。
「どうしてダメなのか、その理由を教えてください」
 男たちが執拗に聞き出そうとするのを見ていて、ベスは、そのあさましい姿にうんざりしてきました。そして、この人たちが善意できているのではないことが、わかってきました。
「いいかげんにしてください。わたしも、はじめは株式会社にするのに賛成でしたが、いまは、反対です。もう、帰ってください」
 ベスは、魔法で男たちを浮き上がらせると、窓から外へ放り出しました。放り出された男たちは、
「こんなことして、タダですむと思うなよ。ここの本当の秘密を、すぐにあばいてやるからな」
「おれたちを敵に回した恐ろしさを思い知らせてやる」
などと、口々にいいつのりながら、ヘリコプターにのって行ってしまいました。

 男たちが去ると、ギルが、
「実は、みんなと相談したいことがあるんだ。この山で働いている人たちを集めってもらえないかな」
と、いいました。
 ギルがそんなことをいうのは、とても珍しいことでした。
「どんな話をするつもりなの」
「株式会社をことわった件を、ぼくの口から説明しようと思うんだ」
 ベスが見ぬけなかったあの人たちの本性。ギルには、そういうものを見抜く、不思議な才能があるようなのです。直接、ギルの口から、なぜ、ことわったのか、説明してもらった方がいいような気がしましたので、ベスは、言われたとおりに、みんなに集まってもらうことにしました。
 ギルは、しゃべりだしました。
「もう、みんなの耳にもはいっていると思いますが、株式会社にしませんか、という話がきました。わたしは、その話を断りました」
 聞いている人たちの間で、あーあ、とため息がこぼれました。
 ギルは、話を続けました。
「もうひとつ、お話があります。私は株式会社を作りたいと思います。ここで働いている人たちがお金を出し合うという形で、やりたいと思っています。
 そうすれば、この山は、ぼくのものでなく、みんなのものになるのです。みんなのものになれば、ぼくのお父さんとお母さんが残してくれたこの山を、みんなが守ることになるのです。ぼくは、それをのぞんでます。
 みんな、家計が苦しいのはわかっています。どうか、ベスの力になってあげてください。よろしくお願いします」
そういって、ギルがみんなにお願いをしました。

 半年後、株式会社いねむり帽子ができました。株主総会で株主が選んだのは、社長がベスで、副社長がクリスでした。


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by spanky2011th | 2012-07-12 18:16 | 中編 ありきたりな魔法の話

ありきたりな魔法の話  第二章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら




第二章 ありきたりの魔法
「どうやって売ったらいいのですかね?」
 顔のあざを手でかくしながら、ギルが他人ごとのようにいいました。
 売るということがよくわかっていないようなのです。というより、山で育ち、山で採れるもので育ったので、お金というものがよくわかっていなかったのです。
 ベスには、いねり帽子はかならず売れるという確信がありましたので、
「とにかく、わたしを信じてください。かならず、売れます。だから、たくさん作ってください」
 山に初めて訪れた日は、そういってから山を下りたのですが、
(このまま、あの人にまかせていては、あの帽子は、このまま知られずに消えていってしまう)
 そう思うと、それがくやしくて、ベスは許可局をやめてしまいました。そして、パソコンを一台買うと、いねむり帽子の販売をやらせてほしい、とギルに頼みこむために、また、山小屋に戻ることにしました。
 自分の山小屋のとなりに、ギルが、ちいさな山小屋を作っているところでした。その小屋には、「ベスの小屋」と看板が出ていました。まるで、自分がもどってくると信じていたみたいでした。
「いねむり帽子の販売、わたしにやらせてください」
 ベスがそういうと、ギルは、
「おねがいします」
 たった一言でしたが、自分を信用してくれている気持ちがすごく伝わってきました。
 ベスは、ギルのとなりの小屋で暮らしだしました。
 ベスはパソコンでホームページを作って、いねむり帽子のすばらしさを伝えようとしましたが、まったく売れませんでした。
 そういうことが苦手なギルは、朝昼晩と、山でとれた食材で作った食事をベスのところへ届けてくれますが、販売のいっさいを、すベスにまかせっきりにしました。
 ギルは、あまりしゃべる人ではありませんでした。しゃべっているのは、もっぱらベスばかりでした。
「かならず売ってみせますからね」
「はじめの一個が売れれば、あとはどんどん売れていきます。心配しなくてもだいじょうぶですよ」
 いっしょに食事をしながら交わす会話は、いつもベスが一方的にしゃべるばかりでした。
 そのおしゃべりを、無口なギルがただ聞いている。でも、退屈そうではないのです。
 でも、なぜか、ベスはしあわせな気持ちでいっぱいでした。毎日が楽しくてならないのでした。
 いねむり帽子をかぶっていねむりしたときに感じたほこほこした気持ちでいられたのです。
 三ヶ月がたっても、半年がたっても、いねむり帽子は一個も売れません。

 あれこれ考えて、「医療魔法品見本市」に出品することしました。ベスは貯金をはたくと、見本市会場のかたすみに小さなブースを出しました。
 置いてあるのは、ロッキングチェアといねむり帽子だけ。ほかのブースみたいに、はでな飾りはいっさいありません。ベスは人を呼び込もうとして、
「どんな不眠症の人もすやすや眠れる魔法のいねむり帽子です。一度かぶれは、たちまち気分が良くなり、夢の世界へ旅立てます」
 大きな声で叫び続けました。でも、だれもブースには寄ってくれませんでした。
 疲れ果て、あきらめかけたとき、
「ちょっと、ここの椅子で休ませてもらってもかまいませんか」
 品のよさそうな老人がやってきました。
「この会場はどこもかしこも派手な照明ばかりで、年寄りの目にはつらいものがありましてね」
「だったら、この帽子で光をさえぎってください」
 ベスがそういって頭に帽子を載せてあげると、すーっと老人は寝入ってしまいました。
 三十分くらいすると老人が目を覚ましました。そして、向こうから、いねむり帽子のことをあれこれと質問しだしたのです。
 そして、
「この帽子を十個、ほしいのだが、売ってくれますかね」
 ベスは驚きました。
「これ、すごく高いのですよ。それに、いま売れるのは四個しかありません」
「だったら、その四個全部、いますぐうちに売ってほしい。のこりは、予約注文ということにしよう」
 ベスは、すごくよろこんで売るとにしました。それに、予約が六個もはいったのです。
 その老人は、大きな病院をいくつも経営している人でした。
 大よろこびのベスは、ブースをたたむと、このいい知らせを早く知らせようと、箒に飛び乗りました。
「ギル、とうとう売れたわよ」
 はじめて売れたことを知ると、ギルも大喜びしました。
「それも、全部売れたのよ。四個すべてよ」
 よろこんでもらおうと思ったのに、四個すべてといったとたん、ギルの顔がくもりました。
「四個すべて売ったりして、まずかったかしら」
「いや、そんなことないよ。ぼくはすごくうれしいよ」
 なぜ、ギルがすなおに喜んでくれなかったのか、その理由はすぐにわかりました。その日の真夜中のことです。とつぜん、ギルの小屋から、
「死んじゃいやだあ。ぼくのために死ぬなんて、そんなのいやだあ。」
と、叫びが聞こえたのです。
 あまりに大きな声で、あまりに悲痛な声だったので、ベスは、自分の小屋を飛び出しました。そして、ギルのドアを開けると、ベッドの上で体を丸め、ぶるぶると震えているギルをみつけたのです。
「どうしたの?」
 悪い夢でも見たのでしょうか。ギルはおびえきっていて、返事もしませんでした。気持ちが落ち着くまで、ただ、背中をさすってあげることしか、ベスにはできませんでした。
 そして、ベスは理解したのです。この人は、とてもつらい思い出があって、眠るのが怖いのだ。だれよりもいねむり帽子を必要としていたのは、この人だったのだ。それで、いねむり帽子を作ったのだ、と。
 翌日、ベスは、あの老人のところへ行って、事情をよく理解してもらって、一個だけ、返してもらうことにしました。

 とんでもない失敗をしてしまったと後悔したベスは、ある決意をして、山小屋に戻りました。
「どうして、話してくれなかったの。そんなに、わたしのことが信用できないの。きらいなら、きらいといってくれていいのよ。それなら、山を下りて、二度ともどってきませんから」
 ギルは目をまん丸くしたまま、だまっていました。ベスが出ていく話に、おびえているようでした。
「いつ、プロポーズしてくれるかと、わたし、ずっと待ってたのに……。わたしのこと、きらい?」
 だまったまま、ギルがいきおいよく首をふりました。
「だったらわたしのこと、好き?」
 困ったような顔をして、ギルはあざに手を当てています。
「あなた、顔のあざ、気にしてるのね。ばかね、そんなの、わたしは気にしてないわよ。わたしは、あなたという器の中にいるギルを好きになってしまったの。正直にいってよ。わたしのこと、好きなの? それとも、嫌いなの?」
 ベスは、ギルを問い詰めました。はっきりと聞きたかったのです。
 恥ずかしそうな顔で、ギルがぼそりと、
「好きです」
と、答えました。
「いつから、好きだったの? はっきりいいなさい」
「許可局で見たときから」
「えっ、そんなに早くから。だったら、なんで、プロポーズしてくれないのよ。」
 ギルは、だまったままでしたので、もう一度、
「なぜ、プロポーズしてくれないの。わたしがことわるわけないじゃないの」
 以前、部長がいった言葉「勇気を出して飛び込め」ではないけど、強引にでも、結婚してしまうつもりでした。
「ぼくは、こわいんだ。だから、君のことを忘れようとしてたのに、君の方からやってくるんだもの」
「たしかにわたしは、言葉もきついし、性格もきついかもしれないけど、そんなにこわがられるような魔女かしら」
「ちがうんだ。君が近くにいると、好きにならずにいられない。でも、ぼくには呪いがかかっているんだ。その呪いが、君を殺すかもしれない。君がいなくなったら、ぼくは生きていけない。ぼくには、呪いが……、その呪いが、ぼくのお父さんとお母さんを……」
 ギルは、とつぜん絶叫すると、頭をかきむしりだし、体を震わせて、倒れ込んでしまいました。
「ギル、ギル。ごめんね。悪いこと、思い出させてしまったみたいね」
 ベスは、子供のようにおびえているギルを抱きしめ、心の中で、知っているありとあらゆる呪文を唱えました。 でも、もっとも効果が出たのは、いちばんありきたりな魔法で、相手をさすってやりながら、
「だいじょうぶよ。だいじょうぶよ」
という呪文を唱えるというものでした。
 結局、ギルの返事は聞けませんでしたが、その日からベスはギルと暮らしだしました。
 呪い? 人を殺すような呪いは、今ではすべて禁止されているはず。どんな呪いがかかっていても、自分がかならず守ってあげるんだ、とベスは思いました。と同時に、ふっと、別の心配が心をかすめました。
 それは、魔女だけがかかる病気でした。ベスのお母さんも、それでなくなっていたのです。
 もし、自分がその病気にかかってしまったら、ギルはどうするのだろう。そう思うと、時間があまり残されてないような気がするのでした。

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by spanky2011th | 2012-07-12 18:14 | 中編 ありきたりな魔法の話

ありきたいの魔法の話 第一章

ありきたりな魔法の話
           あのや あきら


第一章 魔法特許許可局
 ベスは、若くて、すごくきれいで、とても頭のいい魔女でした。魔法大学をトップの成績で卒業してからは、教育・魔法省の魔法特許許可局につとめました。魔法界のエリートと呼んでいいのでしょうが、なぜか、心はみたされていません。
「この福の神魔法の特許で、お金持ちになるのはまちがいありません。だから、ぼくと結婚してください」
と、特許をとりにきて、そこでベスに一目ぼれして、こんなプロポーズをする魔法使いがいました。一人、二人ではなく、けっこういました。
「わたしの家系を見てください。すごい魔法使いばかりでしょう。わたしと結婚して、名門の一員になりませんか」
とか、
「ぼくは、魔法使いのファッション雑誌の読者モデル人気投票で、ナンバーワンでした。ぼくたちが結婚すれば、美男美女のお似合いのカップルになれますよ」
というような魔法使いもいました。
 こんな風にいわれるほど、ベスは、さみしさを感じるのでした。みんな、口裏を合わせたみたいに、同じセリフ、
「君ほどきれいな魔女は見たことがない。かならず幸せにします」
と、容姿をほめ、幸せにすると誓うからです。
 そのたびに、ベスは心の中で思うのでした。もし、自分がひどくみにくかったら、この人たちは、自分のことをどうするのかしら? と。
 それに、ベス一人の力では、幸せになれないみたいな口ぶりです。
 そんな人と結婚しても、しあわせになれるとはどうしても思えないのでした。それに、幸せがどういうものなのか、ベスにはよくわからなかったのでした。
「あせらなくても、だいじょうぶだよ。そのうち、君にぴったりのパートナーがあらわれるから。相手は魔法使いかもしれないし、ふつうの人間かもしれないよ。とにかく、パートナーがあらわれたら、勇気を出して、飛びこんでいくんだよ」
 ベスの悩みに気づいている部長が、ベスをはげまします。
「予言ですか?」
「ちがうね。長く生きてきた体験でつかんだ知恵だよ。わしを信じるんだね」
 部長は三百歳をとっくにこえた年寄り魔法使いでした。

 教育・魔法省ができてから、禁止魔法がたくさん生まれました。
 過去の反省から、国が教育・魔法省を介入することも、教育・魔法省が国に介入することも禁止されていて、いまは、教育界と魔法界の有識者が協議しあって、禁止魔法などを決めています。そして、禁止魔法ができてから、人間と魔法使いとが仲良く暮らせるようになったのです。
 魔法特許許可局の仕事は、新しく作られた魔法が本当に効果があるのか、他人を不幸にする魔法ではないのか、などを調べることです。
 禁止魔法には、不老不死魔法、復活魔法、殺人魔法、お金製造魔法などがあります。
 古くからの魔法がつぎつぎに禁止され、魔女と魔法使いの中には不満に思っている者も少なくありませんでしたが、これはしかたがないことなのです。
 いまでは禁止されている魔法を、魔女と魔法使いが勝手気ままに使いまくって、人間たちを長い間困らせてきた歴史があるからです。
 では、魔女と魔法使いは不満ばかりかというと。そんなこともありません。
 人間と魔法使いが仲良く暮らせるようになって、魔女や魔法使いの中にも、
「飛行機というものにのれば、寒い思いをしてほうきに乗らないですみ、寝ているあいだに遠いところへでもいけるんだから、便利なものだね」
とか、
「電話一本で、いろいろに人と話せるとは、すごいもんだ」
と、いうような者もあらわれるようになっていました。それも、けっこう多くいました。
 魔法はいまも次々と発明され、進歩しつづけています。でも、過去からの反省で、専門家が長い時間をかけて検査して、実際にその魔法を使ってみて、いろいろな副作用を調べ上げ、会議で徹底的に話し合いがおこなわれ、それで問題がないことがわかった魔法にだけ特許がおります。これで、ようやく、その魔法は使っていいことになるのでした。
 たとえば、特許を取りに来たついでに、ベスを見染めた人の「福の神魔法」の場合はこんな具合でした。
「この福の神魔法にはすばらしい効果がありました。たしかに、次から次へと、幸運が舞い込んできます。宝くじを買えば一等があたり、墜落する飛行機に乗る予定だった人が、搭乗直前に腹痛で乗るのを見送って、助かるといるというケースもありました」
「でも、問題点がたくさんあります。たとえば宝くじを買い人が全員、この魔法を使うと、どうなるのでしょうか? それ以上に問題なのは、向上心がなくなる点です。さらに、犯罪をおかしても逃げ切ることができるので、道徳心もなくなっていきました。この魔法を禁止魔法にすべきだと思う人は、挙手をおねがいします」
 会議の出席者の八割の人が手を挙げました。
 こんな具合に決められていくのでした。

 ベスの仕事は、新魔法の受付から、資料作成、検査依頼、会議の食事の手配まで、ありとあらゆる仕事をじょうずにこなしていました。
 福の神魔法が禁止魔法となったことを相手に告げること、こんなこともベスの仕事でした。
「まことに残念ですが、福の神魔法は禁止魔法になりました」
 電話でそのことを伝えると、魔法を受け付けた時に、結婚を申し込んできた相手は、
「それは残念だ。すごくいい魔法だと思ったんだけどな。ところで、ぼくのプロポーズ、受けてもらえますか?」
「ごめんなさい。わたし、結婚を約束している人がいるのです」
と、ベスはうそをつき、ことわりました。
 だって、向上心に欠け、犯罪を犯しても平気でいそうな人とは、どうしても結婚する気になれないからです。
「それは残念だなあ。君みたいな美しい人を毎日ながめることができら、ぼくはすごく幸せなのにな。君みたいに、学歴もあり、社会でも大事な仕事をしている人を、ぼくは支えてあげたいんだ。あっ、いいアイデアが浮かんだぞ。今度は、幸せな出会い魔法というのを作りだそう」
 そういうと、電話は一方的に切られてしまいました。
 ベスはためいきをつきました。見かけとか、学歴とか、魔法が使えるとかではなく、自分そのものを見てくれる人と出会いたい。ただ、それだけでした。
 そして、思うのでした。自分にとっての幸せとはどんなものなのか、と。
 お金があること? 愛してくれること? 健康であること? ハンサムな人と結婚すること? やさしい人と結婚すること?
 よく、わかりませんでした。

 そんなある日。運命の人があらわれました。
「魔法特許は、ここでいいんですよね」
 そういうと、分厚い書類と、一個の帽子を机にドンと置いたのです。帽子は、先がとんがった魔法使い用の帽子でした。木の皮を細くし、編んだものでした。
 ちょうどベスは、別の特許書類に目を通しているところでしたので、人が来たのに気がつかなかったので、あわてて、
「はい。こちらで受けつけています」
といって、目を声の主に向けました。
「あっ」
 あまりの驚きに、思わず声をだしてしまいました。そして、自分の声に、ベスはあわててしまいました。
「失礼しました」
 顔中が焼けただれていて、その上に、顔半分をおおうように赤いあざがある人でした。若いのか、年寄りなのかも、わかりません。着ているローブも、ぼろぼろで、ずっと洗濯されていないようでした。
 ベスの「あっ」で、男の人がひどく傷ついたことが、相手の目を見て、ベスは感じました。かしこそうな男の目に、ひどくかなしいそうな色が浮かんだからです。
 人間の価値は、見た目ではない。どんな人にも、平等に接しなくてはいけない。そう信じているはずなのに、やはり、見た目に重きをおいていたみたいです。
 そう思うと、自分がなんとも軽薄に思えて、恥ずかしくてたまりません。
「はい。魔法の特許の窓口は、こちらです。審査には、早くて半年、長いと十年くらいかかることもあります。あなたの特許魔法が審査を通り、世のため、人のためになることを祈っております。まずは、書類がそろっているか、確かめさせてください」
 ベスは、この人には、なるべく親切にしてあげようと思いました。
 目を見て話さなくてはいけないと思うのですが、彼の痛々しい肌を見ると、つい目をそらしてしまいます。
ベスは書類に目をやりました。新魔法品「いねむり帽子」と書いてあって、「これをかぶると、気持ちよくいねむりができます」と効能が書いてありました。
(これではだめだ。審査まで何年たってもたどりつけないぞ)
 ベスはそう思いました。
 それでなくても、魔法の特許の審査には手間がかかるのに、こんな魔法では、特許局の職員が後まわしにするに決まっています。だって、わざわざ魔法を使わなくても、眠くなる薬なんて、人間がたくさん発明しているのですから。
「いねむり以外の効能はないのですか。たとえば、魔法のむ力が強くなるとか、夢の中ですごい発明ができるとか、ほうきを飛ばす力が倍になるとか……」
 ベスが男を見てそう聞くと、男の方は顔のあざに手でかくしながら、
「ありません」
と、申しわけなさそうに答えます。
 あざを見られたくないみたいなので、目をぶ厚い書類に戻し、ぺらぺらとめくりながら、
「それにしても、とんでもなく手間のかかる魔法品みたいですね。審査が通っても、商品化が大変そうですね」
「ええ。たいへん手間がかかります」
 ベスは、いねむり帽子を手に取りました。ずっしりと重いけど、ていねいに編みこんであって、編み目が花のようで、とてもきれいです。
「十年目の山ブドウの皮でないといけないのですか。もっと軽い素材にしないと頭が疲れてしまいますよ。籐のつたとか、ごく当たり前の麦わらとかではだめなのですか」
「だめでした」
「わかりました。なんとか、すんなり審査が通るようにしてあげます」

 書類とサンプル魔法品を残して、男が帰ってしまうと、ベスは、ハタと困ってしまいました。どう考えても、審査は後回しにされそうです。それに、審査をぶじ通っても、使おうとする人がでてくるとは思えません。
 ベスは、とりあえず、帽子を頭にかぶってみました。そして、これからどうしようかな、と考えていると、
「さきほどは失礼しました。驚かせてもうしわけありませんでした。特許局に素晴しい人がいるというので、見にまいりました。あなたは合格です。ぜひ、うちの会社に来ていただけないでしょうか」
 さっきの人がもどってきて、名刺を見せながら、
「いまの給料の二倍、いや、三倍出します。うちの会社に来てください。だいじな仕事をあなたに任せたいと思っているのです」
 そういうのです。
「わたしは、ここの仕事に誇りを持っていますので、おことわりいたします」
 ベスがそういうと、男は手をポンと鳴らし、
「あなたは、ほんとうにすばらしい方だ。お金でも動かない。こんなみにくい私にも親切にしてくれた。わたしは、あなたのその心にひかれました。
 会社に来てもらうのはあきらめますが、どうか、一度でいいので食事につきあっていただけないでしょうか」
「ええ。よろこんで、食事にはつき合わせてもらいます」
「ほんとうですか。あなたのような方とは生まれて初めて出会いました。このマスクをするようになってからは、だれも女性は、わたしと食事をしてくれないのです」
 そういうと、赤いあざのある焼けただれたみにくいマスクをはがしました
「この一枚のマスクの向こうにいるわたしそのものを、私は見てもらいたかったのです。私そのものに好意をよせてくれる人を探していたのです」
 そこから出てきたのは、若々しくて、目もとさわやかで、映画スターもびっくりするほどのハンサムな男の人でした。
「外に自動車を待たせてあります。今から、レストランに行きましょう」
 男は強引にベスを連れ去って行きました。不思議なことに、いやでありませんでした。
 食事をしながら話してみると、彼も自分と同じ悩みをもっていたことがわかりました。そして、会社の経営はうまくいっているのですが、そのほかのことで大変な思いをしているので、いっしょに苦労してくれる信頼できる人を探しているというのです。
 職場に戻ったら怒られるんだろうな、と思いながらも、なぜか、ずっと彼といたいと思いました。気持ちがほこほこして、とても幸せな気持ちなのです。心と心が通じ合うというのしょうか、こんな人と出会いたい、ずっと思っていたみたいです。
「ベス、どうしたんだい? 君らしくないなあ」
 部長の声が聞こえます。あたりを見回しても、姿は見えません。とつぜん、地震がきました。不思議なことに、まわりは揺れていなくて、揺れているのはベスひとりでした。
「職場でいねむりするなんて、つかれているのじゃないのかい?」
 はげしく揺すられて、ベスは目を覚ましました。部長が、目の前で、にこにこ笑いながら立っていました。
「失礼しました。いねむり帽子をかぶったら、すーっといねむりをしてしまいました」
「新しい魔法品かね」
「ええ。そうです」
 いついねむりしたのかわからないほど、自然にねむってしまっていたのです。でも、夢の中で感じたほこほこした気分はいつまでもつづいていました。
 それに、自分がなにを求めていたのか、わかったような気がしました。
 ベスは、たいしたことを求めていなかったのです。心の通じる相手と出会いたい。自分を必要とする人といっしょに苦労したい。そんなところでした。
そ の日以来、ベスはときどきサンプルのいねむれ帽子をかぶって、いねむりをするようになりました。病気で死んだお母さんとの楽しかった日々、いまも学校で魔術の指導をしているお父さんとの思い出……、いねむりをしたあとは、なぜか、心がほこほこととあたたかく、とてもしあわせな気分になれるのでした。それに、悩みがあっても、いねむりの後には解決法が思いついているのでした。

 ベスがあちこち駆け回り説得したので、「いねむり帽子」の特許は半年でおりました。なぜか、自分で教えてあげたく思ったので、ベスはほうきにのって、サンプルのいねむり帽子を手にして、住所を手掛かりに、あのギルという名の男の人の所へ向いました。
ほうきにのって配達する魔法使い便でも、人間のやっている自動車便でも、送り返す方法はいくらでもありますが、ベスは、どうしても自分で返したかったのでした。
そして、自分の口から一言、すばらしい帽子だ、とどうしても伝えたかったのです。




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by spanky2011th | 2012-07-12 18:08 | 中編 ありきたりな魔法の話