「は」と「が」について(6)

 「は=既知」「が=未知」信仰を決定的にしたすばらしい問題がある。題述構文と陳述構文での問題にアレンジしたので、チャレンジしてもらいたい。どうあがいても、「は=既知」「が=未知」になってしまう。なんとか例外を見つけようとあがけばあがくほど、日本語の「は」は既知情報で、「が」が未知情報なのではないか、と思えてしまう。ぜひ、例外の見つけ出してほしい。

「あなた(既知)は猫ですか?」
「はい。私(既知)は猫です。」

「だれ(未知)が猫ですか?」
「あそこの彼(未知)が猫です。」

「誰(未知)が屏風に絵を描きましたか?」
「坊主(未知)が絵を描きました。」

「あそこの坊主(既知)は屏風になにを描きましたか?」
「あそこの坊主(既知)は屏風に坊主の絵を描きました。」

「ここに、サイフ(未知)が落ちてるぞ」
「そのサイフ(既知)は私のものです」
 

 未知と呼ばないで、新情報と呼ぶ人たちもいる。
 小説などに使われている「は」と「が」を見ても、おそろしいほどに高い確率で「は=既知」「が=未知」になってしまっている。

「一人の男(未知)がいままさに盗みに入ろうとしていた。男の名(既知)は、ルパン三世。……」


 はじめの導入部で「が」を使い、続く文章では「は」を使う。そういう小説が多い。
 現実世界で起きているモノ・ゴトを淡々と伝達する文章で導入し、次は、主題の「は」になる。
 というより、「五感認識伝達」言語で、ある状況を作り出し、その状況・登場人物の説明として「は」が使われる。読み手の方も、「が」で伝達されてしまい、知ってしまったので、当然のごとく「は」を受け入れることが出来るのだ。

「ルパン三世(既知)は、いままさにお宝に手を触れようとした。とつぜん、一人の女(未知)が現れた。その女は、峰不二子だった。」
 
という具合で、「は」の中に「が」がまじり、「が」が新しい状況を生み出し、物語はどんどん進んでいくのだ。
 「は=既知」「が=未知」であると信じたくなるのも、当然と言えば当然だ。
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by spanky2011th | 2011-06-26 11:29 | 日本語 助詞「は」と「が」