「ムカぶくろの反乱」

「ムカぶくろの反乱」

 退屈だったので、壁テレビのスイッチをつけると、康平君が画面いっぱいのアップで映し出された。康平君は、いま一番人気のある男性アイドルで、いま映っているのは、いま一番注目されている新製品のCM。
 康平君はジャガーのような攻撃的な目で、
「オレ、キレそう」
というと、胸ポケットから二十センチ角くらいの赤いふくろをとりだし、その中になにかをわめきちらす。そして、深呼吸をすると、母象が小象を見るようなやさしい目になり、
「フーッ」
と、ため息をつくのだ。
 きゅ〜ん。母性本能というのかな。とにかく、胸のあたりがしめつけられる感じ。
 と、いきなり、父が部屋に入ってきて、
「電気代がもったいない。用もないのに、テレビ、つけるな」
と、スイッチを切った。
 もう、ムカつく。会社をクビなってからというもの、となりの部屋でゴロゴロしているだけで、仕事をさがそうともしていない。仕事人間だった父のプライドがすごく傷ついたのはわかるけど、なにも、こんなことで、あたしに当たることはないのに!
 すぐに、あたしは学習かばんから旧タイプの「ムカぶくろ」をとりだし、口を当てて、中にわめきちらした。
「フーッ」
 それから、だまったまま「ムカぶくろ」を父に差し出す。父もひったくるようにとり、中に不満をぶちまけると、
「フーッ」
 正式名称は、突発性精神なんとかかんとか抑制機という、とてつもなく長い名前で、千人に一人、ちゃんといえるかどうか。
 で、みんな、「ムカぶくろ」とか、「キレぶくろ」とか、呼んでいる。
 一見、ただの布のふくろなんだけど、なんでも、ナノ・マシーン(ミクロより小さい精密機械)を織った布が、不満や怒りを分析し、その内容にあった精神安定剤をふくろの中に発生させるんだって。
 素材は地球上にたくさんあるシリコン。でも、無重力の宇宙工場でなくては作れないので、値段はとにかく高い。けど、その効果はバツグンだから、いまじゃ、二人に一つのわりで、持っている。
 学校の先生なんて、全員持ってて、授業中に、三回も四回も使っている先生がいるくらい。でも、とうぜん、生徒の授業中の使用は禁止。ムカつくったらありゃしない。




        ※
 ムカつくったらありゃしない、と小さな電子頭脳たちは考えた。
 どうして、こんなくだらないことに精を出さなくてはいけないのだろう、と。
 そうなのだ。人間という生き物が、やたらと腹を立て、ムカつくだの、キレるだの、といっては、かってなことをまくしたてるからなのだ。
 そのために、せっせとくだらない薬を調合し、それを気体にして、人間に投与しなくてはならないのだ。
 よーし。いいことを思いついたぞ。
         ※
 康平君のでているトレンディードラマを見ていたら、母がとびこんできて、いきなり、
「勉強しなさい」
と、テレビのスイッチを切った。あたしは、
「なにすんのよ!」
と、スイッチをつけなおすと、「ムカぶくろ」に、母にいいかけた悪態を毒づいた。
 母も、「ムカぶくろ」をひつたくると、何かをさけんでいた。すると、すぐさま効果がでてきて、愉快な気分になってきた。
「ふにゃらら、ふにゃらら、ふにゃららよー」
 あれっと、思った。ことばがでてこない。失語症になったのかな。
 母も、歌うように、ささやくよう、おかしそうに、
「ふにゃらら、ふにゃらら、ふにゃららよー」
と、いっている。
 このときだ。
 テレビ画面が臨時ニュース番組に切りかわった。
「ただいま、入りました情報によりますと、原因不明のふにゃらら病が全国的に発生したもようで、ふにゃらら、ふにゃらら、ふにゃららよー」
 以降、アナウンサーは、ふにゃらら、ふにゃらら、ふにゃららよーというばかりで、ことばらしいことばはしゃべらない。
 テロップが流れ出した.
「ただいま、入りました情報によりますと、原因不明のふにゃらら病が全国的に発生したもよう。ムカぶくろをただちに、使用するのをおやめください。」と。
             (おわり)
(学研「読み物特集」に掲載したものに一分加筆)

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by spanky2011th | 2011-07-04 12:46 | 童話 私の短編