ふかひれスープの冒険(4)
4
石のようにだまりこみ、じっと目の前の海をにらんでいた安光さんは、真っ青な海のそこから、なにか、とてつもなく大きなものが、浮かび上がってくるのに、気がつきました。
はじめは黒いかげのようだったものが、だんだん大きくなってきました。そして、一メートルちかい大口をパカッとあけて、船のわきをドンドンけっていた藤壺さんの足を、ガブリとかじろうとしました。
ところが、今にもかじられそうになったそのしゅんかん、藤壺さんが足をヒョイとあげたものだから、ガチリと歯をならすと、それは、巨大なからだをひねり、水しぶきを上げて海に落ちていきました。
いまは、船のまわりをゆっくりと泳いでいます。
「ワッ、ワッ、ワッ! サメだあ!」
いろいろなさかなを見てきた安光さんも、こんなに大きなサメを見るのは、はじめてでした。
その大きいの、大きくないのって! たたみをたてに4枚ならべたくらいの大きさ(7・2メートル)はありそうです。灰色のからだからでている三角形の背びれでも、一メートルはあります。
なによりも、大きな口のなかにビッシリ生えている歯をモロに見てしまったので、安光さんは、こわくて、からだがブルブルふるえてしまいました。
一方、安光さんの声で、サメの方に目をやった矢古さんは、
「ほおーっ!」
と、巨大なサメにおどろきの声をあげてから、
「あいつはたしか……」
と、あわてて図かんのページをめくり、ある写真をみつめだしました。
「………まちがいない。ホホジロザメだ。もっと沖に出ないといないはずなのに、どうして、こんなところにいるのだろう?」
と、しきりに首をひねり、考えこんでしまいました。
矢古さんは、安光さんとちがって、サメが大口を開けたところを見のがしていたため、のんびりしているのでしょう。
「た、た、たいへんだ。すぐに、にげなくちゃ、食われちまうぞ」
安光さんはすっとんで、そうじゅう席へいこうとしましたが、こわさで、腰がぬけてしまい、足がいうことをききません。
ヨタヨタよつんばいでデッキを進むと、
「せ、せ、せ、船長!」
と、いいました。
「安光さん、どうしたのですか?」
自分たちの船と同じくらいのサメが、すぐ後ろにいることを知らないので、田西さんはプカーリ、プカーリとマドロスパイプのけむりをはきながら、ゆったりとこたえました。
「サ、サ、サメが、お、お、おそってきました」
どうして安光さんは、サメくらいで、こんなにあわてているのだろう、と不思議に思いながら、田西さんは、
「安心しなさい。海にサメがいるのはあたりまえです」
とこたえました。
たしかに、航海していると、波間にサメの背びれが見えることは、しょっちゅうです。
そばにいた茂津さんも、
「この船はサメくらいじゃあ、びくともしないっスよ」
と、自信たっぷりにいいました。
二人に相手にされないので、安光さんは、頭にきてしまいました。
そしたら、こわさを忘れてしまい、
「とても、でっけえホホジロザメが、ねらってやがんだよ。この、すっとこどっこいが」
それまで、もつれて、よく回らなかった舌が、よく回るようになりました。
ホホジロザメと聞いて、田西さんはあわてて、うしろをふりむきました。そして、コンチキ2号を追いかけてくる巨大なサメを見て、青くなってしまいした。
「これは、たいへんだ。全員、きんきゅうひなん!」
田西さんは、船長命令をだすと、きんきゅうひなん用のサイレンのボタンを押しました。 ウイーン、ウイーンと警報が鳴りだしました。
それから、うしろをふりかえると、デッキにいる藤壺さんと矢古さん、それとボランにむかって、
「そこにいたらあぶないです。はやく船室にもどりなさい」
と、大声でどなりました。
船長命令は船の上ではぜったいです。だれも、さからってはいけないことになっていました。
矢古さんとボランは、すぐに船室にもどってきましたが、藤壺さんだけはデッキから船室にもどろうとしません。
それどころか、何かに取りつかれたように、
「ふかひれだ!」
と、さけびながら、ロープを手にまきつけ、船から海に身をのりだしていました。
手にしたほうちょうで、海面からでているサメの背びれを、切りとろうとしていたのです。
「藤壷さん、なにをやっているのですか。命令に従ってください」
ホホジロザメのこわさを知らないのか、それともあまりの食欲に理性を失っているのか、藤壺さんは、やめようとしません。
田西さんが、いくら、
「藤壺さん。早くこっちにもどってください」
とよびかけても、藤壺さんは、ふかひれ取りをやめません。
「まったく、藤壺さんときたら!」
田西さんは、舌うちをしました。
「茂津さん、そうじゅうをおねがいします」
友達です。 ほうっておくわけにはいきません。
田西さんは、そうじゅう席から、デッキにでてゆこうとしました。
ガクン。ガリガリ。
大きなゆれが船をおそいました。サメが船に体当たりしてきたのです。
あまりに大きなゆれだったので、あやうく、田西さんは、海に放りこまれるところでした。あわてて、手すりにしがみつきました。
田西さんはデッキに身をふせ、そして、よつんばいになりました。また船がゆれていて、海にふり落とされてはいけないからです。
「藤壺さん、だいじょうぶですか!」
田西さんは、大声でさけびながら、顔を上げました。
びっくりし、心ぞうがとまるかと思いました。
デッキに上半身をのりあげたサメが、大口をあけて、ひっくりかえっている藤壺さんを食べようとしていたのです。
藤壺さんとサメとのきょりは、わずか数十センチしかありません。
サメの大口は、まるで、大きなほら穴です。スッポリと、大人の一人くらい楽にはいりそうです。その上、ナイフのようにするどい歯が、ノコギリのように生えているのです。
あんな大口にのみこまれてガブリとやられたら、からだはかんたんにまっ二つになってしまうでしょう。
(つづく)
石のようにだまりこみ、じっと目の前の海をにらんでいた安光さんは、真っ青な海のそこから、なにか、とてつもなく大きなものが、浮かび上がってくるのに、気がつきました。
はじめは黒いかげのようだったものが、だんだん大きくなってきました。そして、一メートルちかい大口をパカッとあけて、船のわきをドンドンけっていた藤壺さんの足を、ガブリとかじろうとしました。
ところが、今にもかじられそうになったそのしゅんかん、藤壺さんが足をヒョイとあげたものだから、ガチリと歯をならすと、それは、巨大なからだをひねり、水しぶきを上げて海に落ちていきました。
いまは、船のまわりをゆっくりと泳いでいます。
「ワッ、ワッ、ワッ! サメだあ!」
いろいろなさかなを見てきた安光さんも、こんなに大きなサメを見るのは、はじめてでした。
その大きいの、大きくないのって! たたみをたてに4枚ならべたくらいの大きさ(7・2メートル)はありそうです。灰色のからだからでている三角形の背びれでも、一メートルはあります。
なによりも、大きな口のなかにビッシリ生えている歯をモロに見てしまったので、安光さんは、こわくて、からだがブルブルふるえてしまいました。
一方、安光さんの声で、サメの方に目をやった矢古さんは、
「ほおーっ!」
と、巨大なサメにおどろきの声をあげてから、
「あいつはたしか……」
と、あわてて図かんのページをめくり、ある写真をみつめだしました。
「………まちがいない。ホホジロザメだ。もっと沖に出ないといないはずなのに、どうして、こんなところにいるのだろう?」
と、しきりに首をひねり、考えこんでしまいました。
矢古さんは、安光さんとちがって、サメが大口を開けたところを見のがしていたため、のんびりしているのでしょう。
「た、た、たいへんだ。すぐに、にげなくちゃ、食われちまうぞ」
安光さんはすっとんで、そうじゅう席へいこうとしましたが、こわさで、腰がぬけてしまい、足がいうことをききません。
ヨタヨタよつんばいでデッキを進むと、
「せ、せ、せ、船長!」
と、いいました。
「安光さん、どうしたのですか?」
自分たちの船と同じくらいのサメが、すぐ後ろにいることを知らないので、田西さんはプカーリ、プカーリとマドロスパイプのけむりをはきながら、ゆったりとこたえました。
「サ、サ、サメが、お、お、おそってきました」
どうして安光さんは、サメくらいで、こんなにあわてているのだろう、と不思議に思いながら、田西さんは、
「安心しなさい。海にサメがいるのはあたりまえです」
とこたえました。
たしかに、航海していると、波間にサメの背びれが見えることは、しょっちゅうです。
そばにいた茂津さんも、
「この船はサメくらいじゃあ、びくともしないっスよ」
と、自信たっぷりにいいました。
二人に相手にされないので、安光さんは、頭にきてしまいました。
そしたら、こわさを忘れてしまい、
「とても、でっけえホホジロザメが、ねらってやがんだよ。この、すっとこどっこいが」
それまで、もつれて、よく回らなかった舌が、よく回るようになりました。
ホホジロザメと聞いて、田西さんはあわてて、うしろをふりむきました。そして、コンチキ2号を追いかけてくる巨大なサメを見て、青くなってしまいした。
「これは、たいへんだ。全員、きんきゅうひなん!」
田西さんは、船長命令をだすと、きんきゅうひなん用のサイレンのボタンを押しました。 ウイーン、ウイーンと警報が鳴りだしました。
それから、うしろをふりかえると、デッキにいる藤壺さんと矢古さん、それとボランにむかって、
「そこにいたらあぶないです。はやく船室にもどりなさい」
と、大声でどなりました。
船長命令は船の上ではぜったいです。だれも、さからってはいけないことになっていました。
矢古さんとボランは、すぐに船室にもどってきましたが、藤壺さんだけはデッキから船室にもどろうとしません。
それどころか、何かに取りつかれたように、
「ふかひれだ!」
と、さけびながら、ロープを手にまきつけ、船から海に身をのりだしていました。
手にしたほうちょうで、海面からでているサメの背びれを、切りとろうとしていたのです。
「藤壷さん、なにをやっているのですか。命令に従ってください」
ホホジロザメのこわさを知らないのか、それともあまりの食欲に理性を失っているのか、藤壺さんは、やめようとしません。
田西さんが、いくら、
「藤壺さん。早くこっちにもどってください」
とよびかけても、藤壺さんは、ふかひれ取りをやめません。
「まったく、藤壺さんときたら!」
田西さんは、舌うちをしました。
「茂津さん、そうじゅうをおねがいします」
友達です。 ほうっておくわけにはいきません。
田西さんは、そうじゅう席から、デッキにでてゆこうとしました。
ガクン。ガリガリ。
大きなゆれが船をおそいました。サメが船に体当たりしてきたのです。
あまりに大きなゆれだったので、あやうく、田西さんは、海に放りこまれるところでした。あわてて、手すりにしがみつきました。
田西さんはデッキに身をふせ、そして、よつんばいになりました。また船がゆれていて、海にふり落とされてはいけないからです。
「藤壺さん、だいじょうぶですか!」
田西さんは、大声でさけびながら、顔を上げました。
びっくりし、心ぞうがとまるかと思いました。
デッキに上半身をのりあげたサメが、大口をあけて、ひっくりかえっている藤壺さんを食べようとしていたのです。
藤壺さんとサメとのきょりは、わずか数十センチしかありません。
サメの大口は、まるで、大きなほら穴です。スッポリと、大人の一人くらい楽にはいりそうです。その上、ナイフのようにするどい歯が、ノコギリのように生えているのです。
あんな大口にのみこまれてガブリとやられたら、からだはかんたんにまっ二つになってしまうでしょう。
(つづく)
by spanky2011th | 2011-08-21 11:32 | 長編童話 ふかひれスープの冒険