近況報告

56歳になって突然襲ったリストラ。中高年の再就職はむずかしいときいていたが、予想以上で、いままでの出版業界からはきっぱりと足を洗い、正社員になることもすっぱり諦め、アルバイトか契約社員になることを目指し、就職活動を行ってきた。
 そして、ようやく見つけたのが、警備の仕事。収入は、三分の一以下になり、どうやって、生計をたてていくか、そればかりが頭から離れない。
 しかし、こんな体験、滅多にできることではないので、しっかりと体験を味わってみようと覚悟を決めている。
 少ない貯金が底をつく日が近づいてきている。警備の仕事をつづける事により、その日を先延ばしにするしかない。就職活動をしながら、芽が出るのを信じて、いくつかのタネをまいてみた。

 ひとつは、以前書いた「ネコ版剣客商売」の児童文学を、ある編集部に持ち込んだことである。みんな、ご存知のように、氷河期といわれている児童文学出版。出版社存続のため、とにかく売れる作品を出そうと、編集者はやっきになっている。作品としてアラがあろうと、文学として下品であろうと、売れる作品がいい作品なのである。
 大手に持ち込んだので、まず、出版されることはまずないだろう。なぜならば、彼ら大手と、中小の出版社とでは、採算ベースがちがっているからである。
 5千部発刊できればペイする中小なら、それは商売になる「よい作品」となるのだが、大手では、そのラインがちがってくる。
 よって、大手は、売れている作家に、売れそうな作品を書いてもらおうとしていて、それとは別に、未来への投資として、若手の掘り出しには力を注ぐが、56歳になった人の作品は出そうとしないからだ。
 商売になるだろうという本を複数出し、その中でいくつかが、ベストセラーになってくれるか、ロングセラーになってくれれば恩の字というスタンスだ。
 しかし、こんな作品を書こうとしている人間がいるというプレゼンくらいにはなっただろう。

 もう一つまいたタネは、小川未明賞に、これまた「ネコ版ファンタジー」を書いて応募してみた。9月10月は、それの執筆に没頭し、そこそこの作品にはなったものと信じている。生死をテーマにしたので、とにかく頭が疲れた。一時虚脱状態になってしまった。
 生死をテーマにしたものというと、「西の魔女が死んだ」という作品があるが、あれは、作者の生死観が、きれいごとすぎるような気がする。死を美化しすぎている。死を美化したあの作品を読んで、子供たちが、短絡的な自殺願望が生まれてきてしまうのではないか、と心配してしまったほどだ。
 現実に生きている辛さのあまり、鎌倉時代、西方浄土の念仏がとてもはやった。現実に希望を見いだせない人々が、あの教えにより、心の慰めを見いだした側面もあったが、しかし、現実世界への挑戦を放棄してしまった。即身成仏という美名で、自殺者が多数でた。
 マルクスの「宗教はアヘンである」という有名な言葉を思い出す。この言葉、宗教の全面否定の言葉と信じている人が多いみたいだが、経済学者の彼に、宗教を云々するつもりはなかったようだ。当時のキリスト教の一側面を批判したに過ぎない。それは、来世(天国)に救済を求めることにより、心の慰めを得ると同時に、現実変革への意志を放棄していることを、アヘンという言葉を使って、批判したに過ぎない。
 癌の末期の人に、痛みを和らげるために、アヘンが用いられる。しかし、それは、生きることを放棄してもらいたいがためではない。癌と戦い、治ってもらいたいから、処方するのである。
 末期で思い出したが、キューブラ・ロスの「死ぬ瞬間」という名作がある。しかし、彼女にも、美を美化しすぎている傾向があるようだ。やはり、色々な臨死体験をした人の話を集めた学者の本を読んでみると、「天国へと道体験」があるのと同じように、「地獄への道体験」もあるようだ。
 どうも、生きてきた時の生き様が、影響しているようだ。ちょうど、年を取り、高年齢になると、常識とか、世間体を気にしていた人の「心のクセ」が、隠しきれずに、露になってくるのと似ているようだ。
 「ネコ版ファンタジー」で、死を美化せずに書けたがどうか、すこし心配な面もある。

 あとは、結果を待つだけだから、11月になってからは、頭を切り替えて、次の作品に取りかかっている。今度のは、売れることを考えて、ライトノベルに挑戦。落語大好きな自分が、落語の知識をフルに使って、まったくバカバカしい、伝奇要素を取り入れた作品にするつもりだ。もちろん、ライトノベルの公募に出すつもり。

  以上、近況報告までに。

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by spanky2011th | 2011-11-16 10:49 | 文学論のようなもの