第二章 忍びよるマンホールボーイ(1)

約210枚の子供向け作品です。福島原発後の格差社会を舞台にしました。A小学生新聞の公募に出したものですが、審査員の目には留まらなかったみたいなので、ここで、少しずつ公開していきたいと思っています。
 マンホールというのは、東京の闇のような気がする。マンホールのふたのデザインも、結構へんてこなものがあって楽しい。
 とくに、都会のマンホールは、巨大なプールにつながっているようで、一度、探検してみたい気がする。




ファミッコ伝説




第二章 忍びよるマンホールボーイ(1)
「どうしても、つれていかなくちゃだめなの」
 拓也が、母親にそう不平をいうと、
「おねがいだから、泳ぎ、奈波に教えてあげてよ」
「でも、水、すごく冷たいはずだよ。だって、昨日の雨、記録的だったんでしょ」
「だいじょうぶよ。水は冷たくても、きょうも四十度近くまで、気温があがるって、天気予報がいってたから」
 母親は、学校のプールへつれていって、泳ぎのできない妹に、泳ぎ方を教えてあげてくれ、というのだ。
 妹の奈波は、すでに、その気になっている。
「時間がないから、ママはいくわよ」
 お願いね、というと、母親は玄関を開けて、パートへ出かけてしまった。
 拓也は、しかたなしに、きょうはカード遊び、できなくなったことを告げるために、友だちの翔太のところに電話をかけることにした。
「そうか。ざんねんだな。でも、しかたないよ。しっかり、教えてあげるんだな」
「うん。でも、夕方は、かならず行くからね」
「楽しみにしてるよ」
 午前中と夕方の涼しい時間帯が、拓也たちの遊び時間だ。
 昼間は、熱中症がこわいので、みんな、外にはでない。
 でも、午前と夕方では、楽しさがダンチにちがう。夕方は、塾にいく子が多いので、あまり人が集まらない。人が集まらないと、やはり面白くない。
「奈波、9時にいって、11時には帰ってくるけど、それでいいよな」
「うん。夏休み、終わるまでに、25メートル、泳げるようになるかな。」
「それは、奈波の努力次第さ。努力すれば、泳げるようになるし、努力しなければ、泳げるようにならない。それだけさ」
「お兄ちゃんの、そのいいかた、あたし、きらい」
「きらいでも、かまわないさ。ほんとのことだもの」
 遊びがフイになったのが不満で、拓也は、八つ当たり気味に、奈波をぞんざいにあつかった。
 拓也の家は、8階建てマンションの3階にある。
 午前中は、まだいいのだが、昼を過ぎた頃から、ぐんぐんと熱くなりだし、夕方が蒸し暑さのピークになる。
 茶色いマンション全体が、熱を帯てしまうのだ。
 拓也と奈波は、昼からは図書館へ行き、そこでお弁当を食べ、勉強をしたり、本を読んだりして過ごすことにしていた。
 そして、涼しくなりだした夕方、また、友だちと遊び、そして、家へ帰るのだ。
 クーラーはあるにはあるのだが、クーラーはなるべく使わないようにしている。
 昼間は、仕事をしている人のために、家庭ではなるべく電気は使ってはいけないことになっているのだ。
 しかし、拓也の家では理由がちがう。
 電気代がバカにならないらしい。ほかにも、いろいろなものが高くなり、節約しなくてはいけなくなったのだ。
 第一、母親がパートに出るようになったのも、いろいろなものの値上がりで、家計のやりくりがむずかしくなったからだ。 
「おい、奈波。いくぞ」
 拓也は、9時前になると、水泳パンツなどを用意して、学校へ向かった。学校のプールはタダ。
 すでに、ムシムシと暑くなりだしている。
 着替えて、水泳帽とゴーグルをつけると外へ出て、拓也は、シャワーを浴びてから、プールへ向かった。 
 ピリピリくる日差しを浴びている肌に、シャワーの水が地獄のように冷たかった。
 30人近くが泳いでいた。
 4、5年生がほとんどで、6年生は少ししか来ていないみたいだ。
「おい、野口、プールにくるなんて、めずらしいな」
 声をかけてきたのは、3・4年生のときに担任だった矢沢先生だった。
 白いパーカーをまとい、監視役として、高い所から見ている。お手伝いの高校生たちもいっしょだ。
「お早うございます。きょうは、妹の世話係です。妹を泳げるようにしなくちゃいけないんです。」
「そうか。それは感心、感心。やってみせ、やらしてみせて、ほめてあげるんだぞ。」
「なんですか、それ?」
「人にものを教えるときのやり方だよ。
 まずは自分でやってみせて、相手にやらせて、ほめてあげるんだ」
 しゃべっているうちに、そのうち奈波が出てくるだろうと思っていたのに、いつになっても出てこない。
「遅いなあ」
 拓也がそうつぶやいたのを、先生は耳にすると、
「どうかしたのか?」
と、聞いてきた。
「妹がなかなか出てこないのですよ。とっくに、着替え、終わっていると思うんだけど……」
 先生は、台から降りてくると、拓也の妹の名前を聞き、手伝いにきていた監視役の女子高生に、
「悪いけど、野口奈波ちゃん、むかえにいってくれないかな」
と、着替え室に見に向かわせた。
 拓也は、矢沢先生が好きだった。その好きな理由が、少しわかったような気がした。
 その女子高生が、女の子用の着替え室から、ひとかたまりの女の子たちを、
「さあさ。外に出て、外に出て。せっかくプールに来たんだから、泳ぎなさい」
と、追い出してきた。
 その中に、奈波もいた。みんな、奈波と同じ学年みたい。
「先生。この子たち、なんか、変なんですよー。プールに来たのに、泳ごうとしないで、着替え室のかたすみで、こそこそ、こそこそ、ないしょ話していたんですよー」
 それを聞いた先生は、しゃがみこむと、
「どうしたというのだ。先生に話してごらん」
と、たずねた。
 声をかけられた子たちはみんな、なにかにおびえているみたいだった。
 根気よく、優しい声で語りつづけていると、一人の子が、
「先生、あたしたち、マンホールボーイに狙われてるんです。だから、だから……」
 ようやく口を開いたと思ったら、泣き出してしまった。それにつられるように、ほかの子たちも泣きだす。
 プールで泳ぐのをあんなに楽しみにしていたのに、奈波も、すっかり、おびえてしまっている。
 矢沢先生は、女子高生に、
「わるいけど、監視台にのぼって、みんなを見ててくれないかな」
というと、しゃがみこんで、泣いている子たちの相手をしだした。
 拓也は、ちょっと乱暴に、妹の肩の下に手を入れて立たせると、
「泳げるようになりたいのだろう」
と、いってみた。
「うん。泳げるようになりたい。でも、マンホールボーイが水に引きずり込むんだって。あたし、こわい」
 めそめそ泣きながら、奈波がそう答えた。
「マンホールボーイって、なんだよ?」
「よく、わかんない。悪いことして死んだ男の人の幽霊だって。その幽霊が、泳いでいる人の足をつかんで、マンホールへ引きづり込むんだって。」
「だれにきいた?」
「美咲ちゃん」
「バカだなあ。幽霊なんていないんだぞ」
「でも、あちこちで、マンホールボーイが悪さをしているんだって。昨日の雨も、マンホールボーイが降らせたんだっていってたよ」
 昨日の雨では、流れ込んできた雨水で地下鉄がとまり、JRも落雷で一部でとまってしまったのだ。たくさんの人が帰宅できなくなり、大変だったようだ。
 拓也の父も、帰宅難民者の一人になったが、なんとか歩いて帰ってきたのだ。
 多摩川が氾濫するのではないかと見に行った老人がひとり、流されて死んでいた。
「でたらめに決まってるじゃないか。雨は、水分をたくさん含んだ雲が降らせるんであって、幽霊が降らせるわけじゃないぞ。
 奈波は、泳ぎができるようになりたいのだろう。だったら、練習するしかないじゃないか」
 奈波は、めそめそしながら、だまってしまう。
 泳ぐなら、泳ぐ。やめるなら、やめる。どっちでもいいから、早く、決めてもらいたかった。
「おい。野口、せっつくんじゃない。そういえば、先生の子供時代にも、口裂け女の都市伝説がはやったっけなあ」
 そういってから、先生は、自分が体験したことだといって、話しはじめた。
 街角にマスクをした女の人が立っていて、学校帰りの子供に「あたしってきれい?」と聞いてくるという有名なものだ。
 マスクをはずすと口が耳まで大きく裂けていて、おどろいて子供が逃げたりすると、追いかけてきて、カマやハサミで殺すという。
 子供時代の矢沢先生がどんな風にこわがったか、話していく。
 ある日の下校途中。電柱の所にマスクをした女の人が立っていて、おびえてしまった先生は、遠回りして帰ることにした。そしたら、なんと、家に着いたらズボンがぐっしょりとぬれていた。
 トイレに間に合わないで、おもらしをしてしまったのだった。
 こんな話を、おもしろおかしく話していくのだ。
 どこまでが本当か、疑わしいと拓也は思ったが、みんなは、目を輝かして聞いている。
「テケテケという都市伝説もあるけど、その話は、こんど、話してやるからな。
 マンホールボーイがいると思う子は、きょうのプールはなし。いないと思う子は、しっかりと準備体操してから、プールにはいること。いいな。
 先生は、みんなの安全を守るために、しっかりと監視しているから、安心していいぞ」
「はーい」
 大半の子供は、先生の話に納得したのか、プールにはいっていく。
 が、やはり、水に入る勇気がでないらしく、プールサイドでうろうろしている子もいる。
 奈波も、どうしようか、迷っている。
「奈波、どうする? プールやめて、帰ろうか。お兄ちゃんは、それでもかまわないんだぞ」
 拓也は、いまから公園に行けば、かなりの時間、遊べると思った。
「お兄ちゃん、マンホールボーイなんて、いないんだよね」
「いるわけないさ」
「もし、おそってきたら、お兄ちゃん、守ってくれる?」
「あたりまえじゃないか」
 奈波は、おそるおそるプールにはいる決意をしたみたいだ。
 拓也が先に入った。


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by spanky2011th | 2012-04-13 14:45 | 長編児童文学 ファミッ子伝説