第二章 忍びよるマンホールボーイ(2)

約210枚の子供向け作品です。福島原発後の格差社会を舞台にしました。A小学生新聞の公募に出したものですが、審査員の目には留まらなかったみたいなので、ここで、少しずつ公開していきたいと思っています。
 マンホールボーイの都市伝説を創作してみました。




ファミッコ伝説




第二章 忍びよるマンホールボーイ(2)

 昨日の雨のせいで、やはり、水がひどく冷たい。でも、しばらくつかっていると、なれてくる。
 奈波が、手すりにつかまって、
「冷たいね」
と、いいながら、ゆっくりとおりてきた。
「奈波は、水の中に沈むのは、できるんだよな」
「うん」
「ただ、浮かんでるのは?」
「息、つづかないけど、だいじょうぶ」
「バタ足は?」
「うーん」
「じゃあ、バタ足からやるか」
 拓也は、プールのふちにつかまらせて、バタ足をやらせることにした。
「見本見せるからな」
 まずは、自分でやってみせてから、やってみな、と奈波にやらせてみた。
 ひどいのなんのって。
 ただ、ばたばたと水しぶきを上げているだけで、ちっともバタ足になっていない。
 でも、どうなおしたらいいのか、わからない。
「奈波、じょうず。じょうず」
 おだてて、とにかくたくさん練習させよう。
「じゃあ、次は、お兄ちゃんが手を引っ張ってあげるから、泳ぎながら、バタ足をやってごらん」
 拓也は、奈波の手をつかむと、ゆっくりとバックしていった。
 息つぎが上手にできないらしく、ときどき水から顔を出して息をし、水を飲み込んではむせている。
 プールの中ほどに来たとき、すごい水しぶきを上げながら、クロールでやってくる男の子がいた。
 当人はまっすぐに泳いでいるつもりなのだろうが、泳ぐのに夢中で、周りのことが見えてないようだ。このままだと衝突しそうだ。
 拓也は、ゆっくりと、その子のコースからはずれようとした。
 きゅうに、拓也がコースを変えたから、背後から泳いできた子と拓也はぶつかってしまった。
「ごめん。ごめん」
 ぶつかった子は、一度プールに立つと、また、別の方へ泳いでいってしまった。
「きゃー」
 奈波の叫び声がした。
 振り返ると、さっきのクロールで泳いできた子が、奈波の足にしがみついている。
 ゆっくりと落ち着いて立ち上がればいいものを、その子も泳ぎの初心者らしく、あわてふためいていて、二人で溺れかけていた。
 拓也はあわてて、助け出そうと、奈波に手を伸ばした。
 パニック状態の奈波が、すごい力で拓也にしがみついてきた。きゃー、きゃー叫びながら、バタバタと暴れるから、バランスを崩し、拓也も倒れ込んでしまった。
 矢沢先生があわてて飛び込んできた。そして、奈波を抱え上げると、プールサイドにおしあげた。
 コンクリートの上に横たわった奈波が、まるで何かに取り憑かれたかのように、ブルブルと体をふるわせ、
「殺される。マンホールボーイに、殺される」
と、つぶやいていた。ひきつけを起こしているみたいだ。
 自分の妹とは別人のように思えた。拓也は、こわくなってきた。
 矢沢先生も、奈波の様子が変なので、
「野口。保健室の谷口先生を呼んできてくれ」
と、拓也にたのんだ。
 拓也は、すっとんで、保健室へ向かった。
「先生。プールにすぐ来てください」
 保健室の谷口先生も、拓也のあわてぶりに、なにか、とんでもないことが起きたのに気がついたのだろう、すぐさま救急箱を手に持つと、走り出した。
(このまま、奈波が死んでしまったらどうしよう。どうか、死なないで……)
 拓也は、走りながら、そんなことばかり考えていた。
 プールに戻ると、人垣ができていた。
 その中で、矢沢先生が奈波を抱きかかえて、
「もう、だいじょうぶからな。こわがることは、もうないんだぞ」
と、話しかけていた。
 奈波が、
「先生、こわかったよお。マンホールボーイが、奈波の足にしがみついてきたの」
と、しゃべっていた。
 普段、見なれた奈波にもどっていた。
 男の子に足をつかまれた奈波は、マンホールボーイに襲われたものと思ったらしい。
「マンホールボーイなんて、いなかったぞ」
「ううん。いたの。あたし、水の中でちゃんと見たの」
 矢沢先生は、教師というより、たよりになるお父さんみたいだった。
 興奮がおさまっても、奈波は、自分の足にしがみついてきたのは、マンホールボーイだったと、いい張った。
「こわかったんだな。谷口先生も来てくれたから、もう、だいじょうぶだ」
 保健室の谷口先生は、奈波を保健室へ連れて行った。
 ベッドに寝かされた奈波は、ただ、ぼーっと横になっていた。
 しかたなしに、拓也も保健室で過ごすことにした。
「マンホールボーイ? 保健室にいると、いろいろなうわさ話や怪談話が、耳に入ってくるけど、初耳ね。新しい型の都市伝説みたいね」
 谷口先生は、そういうと、スマホをいじりだした。
「いま、検索かけてみたけど、変なバンド名で一件引っかかっただけで、それらしいの、出てこないわね」
と、いう。
「先生。なんで、奈波、あんな風になってしまったんですか」
「こわい、こわいと思っている所へ、足を引っ張られたから、引きつけのような症状が出たのよ。
 みんな、心を軽くてみているのよね。
 以前読んだ本だけど、冷たいコインを腕に乗せて、催眠術で、熱く焼けたコインが乗っていると暗示をかける実験をしたら、本当に、やけどと同じ症状がでたというの。
 『心』というのは、すごく、複雑で、いまだに謎だらけなのよ」
 ごく当たり前の「心」という言葉が、拓也には、とても新鮮に感じた。
 「心」がやけどを引き起こすことができるのなら、「心」が引きつけを起こすこともできるように思った。
 あまりに当たり前すぎて、「心」のことなど考えたことがないことに、拓也は気がついた。
 それにしても、「心」とはなんなんだろう?


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by spanky2011th | 2012-04-16 19:31 | 長編児童文学 ファミッ子伝説